ハーゲン弦楽四重奏団 - Farewell Concert in 所沢

 ハーゲン弦楽四重奏団の公演が、11月14日に所沢市民文化センターミューズであった。ハーゲン弦楽四重奏団のメンバーは皆オーストリアのザルツブルク・モーツァルテウム音楽大学の出身者で、結成当初の4人のメンバーは兄弟姉妹だったが、現在は第2ヴァイオリンが交替している。1981年のロッケンハウス国際室内楽フェスティヴァルで頭角を現し、1982年のポーツマス国際弦楽四重奏コンクール、1983年エヴィアン国際コンクールで優勝し、本格的な演奏活動を始めた。彼らのレパートリーは、ベートーヴェン、ハイドン、モーツァルト、シューベルト、ブラームスといったドイツ音楽のみならず、バルトークやショスタコーヴィチなどの現代音楽まで幅広い。ただ、音楽ファンとしては、音盤のレパートリーが彼らが熟慮したものしかリリースしなためか充足感はなく、商業主義とは少し距離をおいているのかもしれない。せめて、ベートーヴェンの弦楽四重奏曲くらいは全曲を聴きたいものだ。彼らの演奏様式は出自や音楽環境のせいか、調和と知性を重視しているように思う。1980年代以降に活躍した同世代のアルバン・ベルク弦楽四重奏団はウィーンの伝統を感じさせながらキレの良いアンサンブルを聞かせてくれたし、エマーソン弦楽四重奏団は精緻な合奏能力と緩急のコントロールに優れ、現代アメリカの雰囲気を感じさせる。これらと比べると、ハーゲン弦楽四重奏団はやや地味な感じはするが、音楽の本質を追求する姿勢が好ましい。ハーゲン弦楽四重奏団は2026年に活動終了を予定しているので、これが最後の実演を聞く機会になりそうだ。

ハーゲン弦楽四重奏団演奏会のポスター

会場の所沢市民文化センターミューズ・アークホールの舞台

 プログラムは、3曲。
・ハイドンの弦楽四重奏曲第74番ト短調Op.74-3"騎士”
・ベートーヴェンの弦楽四重奏曲第16番ヘ長調Op.135
・シューベルトの弦楽四重奏曲第14番ニ短調D810"死と乙女”
この中で、ベートーヴェンとシューベルトの作品については、1990年に録音されたCDがリリースされている。それから35年経過した、彼らの演奏がどう変化したのかも楽しみだ。

1990年録音のベートーヴェンの弦楽四重奏曲第16番と シューベルトの”死と乙女”のCDジャケット

 1曲目のハイドンの弦楽四重奏曲第74番ト短調Op.74-3"騎士"は、ハイドンがエステルハージ家の楽長を辞め、イギリス訪問を経験した充実期の作品。起承転結が明確な古典形式で、分かりやすく華やかな曲。表題の"騎士"は、第4楽章の曲想が、馬を軽快なリズムで操る騎士を連想させるため。ハーゲン弦楽四重奏団の演奏スタイルは、実演の様子では、第1ヴァイオリンの身振りが大きくリーダー役で、チェロは闊達で全体を底支えている印象を持った。伝統的でハーモニー重視のこの曲では、第2ヴァイオリンもヴィオラも存在感を発揮して調和の取れた音楽になっていた。

 2曲目は、ベートーヴェンの最後の弦楽四重奏曲である第16番ヘ長調Op.135。後期の弦楽四重奏曲は何れも長大で複雑な構成に発展したが、最後のこの曲で古典的な4楽章の構成に回帰した。第4楽章冒頭に記された"漸くついた決心(Der schwer gefaßte Entschluß)"が、この曲の性格を表しているように思う。何か吹っ切れたものがあったのだろうか。ハーゲン弦楽四重奏団の演奏は、CDでは4つの弦楽器が緻密に絡み合いながらも洗練され抑制の効いた表現だったが、35年後の実演は基本的に同じだが、音のバランスが変化したように感じた。実演では内声部を奏でる第2ヴァイオリンとヴィオラが控えめに聞こえたためか、多少立体感やハーモニーに影響があったかもしれない。

 休憩後の最後の曲は、シューベルトの弦楽四重奏曲第14番ニ短調D810"死と乙女"。この作品は、不治の病に侵された28歳のシューベルトの心境を表現した弦楽四重奏曲の傑作で、短調ばかりの全4楽章からなり、約40分を要する大曲。叙情的なシューベルトにしては珍しく、やや暗く稠密なメロディーが響鳴し、聴き応えがある。第2楽章に自身が作曲した歌曲"死と乙女"を変奏曲のテーマとして引用している。ハーゲン弦楽四重奏団の演奏は、このような大曲であっても透徹した構成力と要所を抑えた高揚感を伴いながら、音楽が進行する。今回の実演では、CDで感じた調和や統一感から生まれた美しさよりも、個々の奏者の躍動感が表出していたように思った。

 ハーゲン弦楽四重奏団の演奏活動の終焉にあたり、実演を聴く機会を得たのは幸運だった。彼らは伝統を維持しながらも、新しい演奏領域を拡大しながら、新時代の弦楽四重奏団のイメージを創った。同時代に活躍しライバルと見做されていたアルバン・ベルク弦楽四重奏団は2008年に、エマーソン弦楽四重奏団は2023年に解散した。現在では、より機能的でインターナショナルな活動を志向するエベーヌ弦楽四重奏団やベルチャ弦楽四重奏団などが活躍している。弦楽四重奏団の歴史の中でも、ハーゲン弦楽四重奏団は転換期を創り出した団体の一つとして評価されるのかもしれない。