イチョウ - 異形な生きた化石植物

 イチョウ(銀杏)は、裸子植物のイチョウ科イチョウ属の唯一の現生種。中生代の恐竜の時代から存在したが、氷河期に恐竜とともにイチョウの仲間はほぼ絶滅し、わずかに中国南東部で生き残ったものが、現存するイチョウだ。日本でも一度絶滅したイチョウは、古い時代(飛鳥時代、室町時代など諸説あり)に朝鮮半島経由で渡来したと言われている。最古の植物の一つであり、"生きた化石植物"と呼ばれ、生態も風変わりだ。植物の多くは被子植物であり、花が咲いて受精し子房が果実になり、その中に種子がある。一方、イチョウは裸子植物で、種子になる部分(胚珠)が露出状態になる。所謂花はないが、それに相当するものはあり、受精の方法は大変ユニークだ(後述)。イチョウの種子は、銀杏(ぎんなん)と呼ばれ、硬い種皮の殻の中にある胚乳(仁)だ。
 銀杏は食用となり、茶碗蒸しやおこわ、酒の肴などに供される。薬用としては、銀杏は鎮咳に、葉はしもやけに効能がある。また、イチョウは秋の黄葉の美しさのみならず、病害や虫害に強く、剪定や大気汚染にも耐えられるので、街路樹や公園樹、寺社の境内樹としてよく植栽される。東京明治神宮外苑や大阪御堂筋、各地の大学キャンパス等々。また、文学や詩歌の世界でも、ゲーテや宮沢賢治など、洋の東西を問わず登場する。日本では"銀杏"は秋の季語で、黄葉が創り出す鮮やかなイメージを感じさせる作品が多い。イチョウは生物としての特異性を抱えながらも、人間社会の隅々まで影響を及ぼし、なかなか魅力的な存在だ。

イチョウの黄葉 (‎2009‎年‎12‎月‎6‎日 所沢市)

【基本情報】
 ・名称:イチョウ(銀杏、公孫樹、鴨脚樹)
 ・別名:ギンキョウ(銀杏)、ギンナン(銀杏)、ギンナンノキ
 ・学名:Ginkgo biloba
 ・分類:裸子植物のイチョウ科 イチョウ属の唯一の現生種で、落葉高木
 ・原産地:原生種は中国東南部
 ・分布:日本では全国各地で植栽されている
 ・花言葉:長寿、鎮魂、荘厳

■生態
 雌雄異株の大型の落葉高木で、一瞥すると広葉樹と思うが、針葉樹に分類される。自然のまま生育すると、樹高は20~30m、幹の直径は2m程度にもなる。幹から多数の太い枝を箒状に出し、自然体の大きな卵形の樹形を形成する。樹皮は縦に長い網目状で、成長とともに縦方向に裂けてコルク層が厚く発達する。枝の構造には2通りあり、枝の節々につく短い円柱体のような短枝と、ところどころに生えるジグザグ状の長枝だ。春になると、冬芽が芽吹いて若葉が現れる。葉のつき方は、短枝の場合は冬芽を介して生えた葉は束生し、長枝の場合は互生する。葉には長い葉柄があり、扇形で中央の切り込みの有無やその深さは様々で、個性がある。葉脈は網目を作らない二又脈系で、基部から数回二分岐して葉縁に達する。イチョウは、葉が広く落葉するので広葉樹と誤解され易いが、イチョウは裸子植物であり、他の針葉樹と同様に球果を持つ特徴があるので、マツ、スギなどと同様に分類上は針葉樹に属する。秋に黄葉して葉が落ちると、樹の周辺が黄色い絨毯になるのも見事だ。

自然のままの樹形は、横方向にも充分広がって卵形になる (‎‎2010‎年‎11‎月‎20‎日 所沢市)

幹の樹皮は、成長とともに縦方向に裂けてコルク層が厚くなる (‎‎‎‎2025‎年‎4‎月‎21‎日 所沢市)

幹から多数の太い枝を箒状に出して、上にも横にも広がる (‎‎‎‎2010‎年‎11‎月‎20‎日 所沢市)

冬になると、枝の節々に円柱体の短枝に冬芽が出来る‎ (‎2018‎年‎12‎月‎1‎日 所沢市)

春になると、冬芽が芽吹いて若葉が現れる‎‎ (2025‎年‎4‎月‎15‎日 所沢市)

短枝にある冬芽を介して生えた葉は束生する (‎2014‎年‎5‎月‎11‎日 所沢市)

先端などにある長い枝は少しジグザグ状になり、葉は互生する (‎‎2005‎年‎11‎月‎19‎日 所沢市)

葉には長い葉柄があり、扇形で中央の切り込みの有無、深さは様々 (‎‎2025‎年‎4‎月‎22‎日 航空公園)

葉脈は網目を作らない二又脈系で、基部から数回二分岐して葉縁に達する (‎‎‎2006‎年‎11‎月‎25‎日 所沢市)

秋に黄葉して落葉すると、樹の周辺は黄色い絨毯になる (‎‎‎2020‎年‎11‎月‎22‎日 所沢市)

■花
 イチョウは裸子植物であり、雌雄異株なので、雄株には雄性生殖器官(通例は"雄花"と呼ぶ)、雌株には雌性生殖器官((通例は"雌花"と呼ぶ)がある。春になると、雄株であれば雄花が、雌株であれば雌花が、若葉とともに冬芽から出てくる筈だ。しかし、イチョウ並木を歩いてみると、雄花も雌花もなく、ただ若葉だけがつく樹が意外と多い。理由はわからないが、ある環境条件によるものなのかもしれない。
 イチョウの雄花相当のものは、尾状花序をつくり花被はなく、雄株の短枝の葉の脇から複数の雄性胞子嚢穂として生成される。雄性胞子嚢の中には、花粉相当の多数の雄性胞子が含まれ、これらの胞子は風によって運ばれる。

短枝の葉の脇から、雄花相当の複数の雄性胞子嚢穂がつく (‎‎‎2014‎年‎4‎月‎25‎日 昭和記念公園)

イチョウは風媒花で、胞子嚢穂の胞子が風で運ばれ拡散する (‎‎‎‎2025‎年‎4‎月‎21‎日 所沢市)

 イチョウの雌花相当のものは、雌性胞子嚢穂と呼ばれ、雌株の短枝の葉の脇に形成される。その柄は先端で二又に分かれ、両先端に1個ずつ雌性胞子嚢が形成され、通常2個の胚珠が付く構造をしている。風で雄花から胞子が運ばれてくると、胚珠の先端部に染み出た液とともに取り込まれて花粉室に5か月ほど保持される。その間に胚珠は肥大して、普通は2個の精子が作られる。秋になると、成熟した精子が袋から放出され、花粉室から1個の精子のみが造卵器に泳いで入り、ここで受精が完了する。この”泳ぐ精子”の複雑なプロセスを解明したのは、日本の研究者だ。

雌花相当の雌性胞子嚢穂が、短枝の葉の脇に形成される (‎‎‎‎‎2025‎年‎4‎月‎30‎日 昭和記念公園)

雌性胞子嚢穂の先端に、通常2個の胚珠が付く (‎‎‎‎‎2025‎年‎4‎月‎30‎日 昭和記念公園)

■果実
 初秋に受精した胚珠は成熟を始める。黄葉前の種子の外表皮は薄緑色から橙黄色に変化し、黄葉する頃の種子の外表皮は軟化し、やがて樹の周辺に落下して独特な臭気を放つ。種子は3層構造になっていて、外側から、厚く柔らかな多肉質のような外表皮、硬い殻で2~3本の稜線がある中種皮、その内側に褐色の薄膜の内種皮に包まれた種子がある。

黄葉前の種子の外表皮は薄緑色から橙黄色に変化する (‎2024‎年‎9‎月‎21‎日 航空公園)

黄葉する頃の種子の外表皮は軟化し、独特の臭気を放つ (‎‎2022‎年‎11‎月‎10‎日 所沢市)

雌株の周辺に落下した銀杏 (‎2023‎年‎10‎月‎31‎日 所沢市)

銀杏の白く硬い中種皮には2~3本の稜線があり、その内側に褐色の薄膜の内種皮に包まれた種子がある (‎2025‎年5‎月2‎日 所沢市)

■イチョウと日本人
 イチョウは"生きた化石植物"と呼ばれるだけあり、不思議な生態を持っている。その中でもイチョウ固有の特徴は"泳ぐ精子"だ。一般の裸子植物も被子植物も、精子を作らずに受精する。しかし、イチョウは裸子植物だが、古生代に生きた生態を色濃く残し、海で始まった下等な生物と同様に、精子をつくって繁殖する。この発見をしたのは、帝国大学理科大学(現東京大学)の研究室で画工から研究者になった平瀬作五郎氏だ。この成果として、1896年に「イチョウの精虫に就ついて」という論文を『植物学雑誌 第116号(10月20日発行)』に発表した。明治期の日本の植物研究を世界的レベルにまで高めた研究でもある。この辺の経緯は、NHKの2023年の朝ドラで牧野富太郎博士を主人公とした"らんまん"に詳しい。ドラマを見ていると、優れた仮説の設定の他に、以前の目視によるものから、顕微鏡を利用した微細な現象観察が可能となったことも大きな要因と思う。現代では、分析手法としてDNAのように、分子的、情報的な手段も加わったので、今後の植物研究の展開が楽しみだ。