ネムノキ - 精確な体内時計

 ネムノキ(合歓木)は、マメ科ネムノキ属の落葉高木。花の形が一般的な豆の蝶形花とは異なるので、分類学上はマメ科のネムノキ亜科としたり、マメ科ではなくネムノキ科とする分類体系もある。葉は夜になると眠る(古代では"ねぶる")ように合わさり閉じる性質があるので、ネムノキと呼ばれるようになったらしい。日本の一部を含む東アジアや南アジアの山地や河岸などに自生するが、日本では道南から南西諸島まで広く植栽されている。ネムノキの見処は葉と花。葉は夜に閉じて朝に開くが、花は夕方に開き翌日の午後には萎む。ネムノキの樹高は10m近くにもなるので、少し離れたところから見ると、緑の葉の絨毯の上に淡紅色の綿飴のような小さな花が点々と咲いているのに気がつくと見事だと思う。古来より親しまれた植物なので、街路樹や防風林、固い割には成長が早い材質なので器具材や各種木工品として、そして花や葉は生薬の材料にもなる。実用にも良し、観賞にも良しだが、マメ科のようでそうでは無いかもしれないネムノキの正体は?

ネムノキの花 (2004年6月19日 所沢市)

【基本情報】
 ・名称:ネムノキ(合歓木)
 ・別名:ネブノキ、ネブタノキ、コウカンボ、コウカンボク、中国では合歓(ごうかん)、馬纓花、絨花樹、合昏、夜合、鳥絨など
 ・学名:Albizia julibrissin
 ・分類:マメ科 ネムノキ亜科 ネムノキ属の落葉高木
 ・原産地:日本(東北以南)、朝鮮半島、中国、台湾、ヒマラヤ、南アジアに自生
 ・分布:日本では自生地に加え、道南まで植栽可能
 ・花言葉:歓喜、胸のときめき

■生態
 落葉広葉樹で樹高は10m程度にもなる。枝はやや太く、まばらに横に出て広がる。樹皮は灰褐色で、縦筋がある。ネムノキの葉は羽根状で全長が20~30cm程度と大きく、更にその羽根に多数の小葉が規則正しく並ぶ。構造的には2回偶数羽状複葉を構成する。小葉は暗くなると合わさるように閉じる性質(就眠運動)があり、翌朝になると小葉はもと通りに離れる。この現象が名前の由来になったり、夫婦円満の象徴になったりする。

花盛りのネムノキ (2004‎年‎6‎月‎19‎日 所沢市)

ネムノキの幹の樹皮と枝の広がり (2024年7月2日 所沢市)

葉は羽状に枝分かれし、更に小葉がつく2回偶数羽状複葉 (2024年7月2日 所沢市)

小葉は夜に閉じ、朝に再び開く (2024‎年‎7‎月‎1‎日 所沢市)

■花
 ネムノキの花は、マメ科に多い蝶形花とは大きく異なり、独特の形をしている。小枝の先から花柄を出して、淡紅色の花が多数集まって頭状花序のようにつく。萼は小さく、花冠は細い筒状で、薄い緑色で短く、上部が5裂する。そこから先には多数の雄蕊の淡紅色の花糸があり、花弁のはるか外まで突き出し、その先には小さな黄色い葯がある。雌蕊は雄蕊より少し長くて白く、数は少ない。花が終わりに近づくと、雄蕊が縮れて、相対的に雌蕊が突出するので、その存在に気がつく。花は、暑い日中を避けて夕方に開き、翌日には萎んでしまうので、儚い存在だ。また、花序の中に1つだけ雄蕊が途中まで合着した頂生花がある。密はこの頂生花に有り、昆虫はこれを目指して集まるが、その際に隣接する多数の花の雄蕊や雌蕊に触れてしまう。大変効率の良い受粉の方法だ。

花の構造 (2018年8月19日 所沢市)

開花前の蕾、夕方に開花する (2010年6月27日14:13 所沢市)

開花直後は雄蕊や雌蕊の花糸は未だよれよれ (2004‎年‎6‎月‎27‎日14:41 所沢市)

開花日夕方には花糸は次第に伸びてくる (2005‎年‎8‎月‎13‎日17:03 所沢市)

翌日の午前中には、花糸が伸び切って満開になる (2014‎年‎8‎月‎17‎日 10:55所沢市)

花弁から伸びる雄蕊と雌蕊 (2018‎年‎8‎月‎19‎日10:24 所沢市)

雄蕊の先端部に黄色の葯がある (‎2004‎年‎7‎月‎17‎日16:51 所沢市)

中央にあるのが頂生花 (2014‎年‎6‎月‎24‎日11:54 所沢市)

開花翌日午後には雄蕊は萎み始め、白い雌蕊が目立つ (‎2005‎年‎6‎月‎26‎日15:21 所沢市)

■果実
 ネムノキの果実のイメージは、一般的なマメ科の果実と同じだ。花が終わると、緑色の果実が出来る。これは豆果と呼ばれ、細長く扁平な鞘の中に、楕円形の種子が出来る。秋になると果実は熟し、褐色になる。豆果は冬でも枯れて残っていることがある。

花の後には、緑色の果実(豆果)が出来る (2018‎年‎8‎月‎19‎日 所沢市)

果実は秋になると熟し、褐色になる (‎2022‎年‎10‎月‎31‎日 所沢市)

■近縁種 ヒネム
 ヒネム(緋合歓、学名:Calliandra eriophylla)は、熱帯アメリカ原産で、マメ科ベニゴウカン属の熱帯性常緑低木。ネムノキはネムノキ属なので、別の植物だが、雄蕊の花糸が赤く、樹高は1m程度と小さいが、生態は良く似ている。当地では、民家の庭に観賞用に植えられているので、寒さにも強いようだ。

ヒネムの花 (2004‎年‎10‎月‎23‎日 所沢市)

同上 (2013‎年‎7‎月‎27‎日 所沢市)

■近縁種 オオベニゴウカン
 オオベニゴウカン(大紅合歓、学名:Calliandra haematocephala)は、マメ科ベニゴウカン属の熱帯性常緑低木。分類としては、ヒネムと同属だが、樹高は3m程度になり、かなり大きい。赤い花は10cm程度の半円球になり、豪華。原産地は南米で、園芸種として渡来したようだが、当地では、近くの植物園でしか見たことがない。

オオベニゴウカンの花 (‎2006‎年‎10‎月‎28‎日 新宿御苑)

同上 (‎2023‎年‎3‎月‎1‎日 神代植物公園)

■近縁種 ギンネム
 ギンネム(銀合歓、学名:Leucaena leucocephala)はマメ科ギンゴウカン属の落葉低木。ネムノキの花に似ているが、白い花を咲かすのでこう命名された。樹高は5m程度、花は3cm程度の白い球形。中南米原産地だが、世界中に移植され拡散した。日本国内には小笠原諸島と沖縄県に緑肥、薪炭、飼料、土壌流出防止などに有用な植物として移入された。太平洋戦争後の混乱で、繁殖力の強い本種は大いに蔓延ったが、天敵のギンネムキジラミが侵入したことで勢力は衰えたとは言われているが、沖縄県では対策外来種リスト対策種に指定されている。一方で、近年では本種を原料に用いた茶などの健康食品が商品化されたり、豊富に含まれるバイオマスの利用が注目されている。数奇な運命をたどったギンネムだが、園芸ではギンゴウカンの名で植栽されている。

ギンネムの花 (2006‎年‎5‎月‎5‎日 東京都薬用植物園)

■ネムノキと日本人
 ネムノキは変わった植物だ。花と葉の挙動が怪しい。花は夕方に咲き、翌日夕方には萎む、実質的には一日花。葉の小葉は夜になると閉じ、朝になるとまた開く。これらはネムノキの体内時計がコントロールしているのだろう。人間はそれには気がつかず、ネムノキを眺めている。ネムノキの体内時計の時間軸は精確だが、人がネムノキを観賞するときに時間軸の概念はないので当然だ。ネムノキの目立たない自律的な努力は兎も角として、人間は綿飴のような不思議な花を愛でる。海外由来の近縁種と比べても、繊細さや優美さは群を抜く。これでいいのだ。