ユキノシタ - 花は変幻自在

 ユキノシタ(雪の下)は、ユキノシタ科ユキノシタ属の常緑の多年草。日本の在来種で湿った山地に自生するが、観賞用として人里近くでも栽培される。名の由来は、雪の下でも常緑の葉があるという説、白い舌状の花弁が雪の舌を思わせる説など、多々がある。また、日本各地での方言名も多く馴染み深い植物だ。古くから身近な植物であったため、山菜としても、民間療法の生薬としても利用されてきた。植物としても、なかなか魅力的だ。初夏に縞模様の入った緑色の円形の葉の間から、花茎を上に伸ばして円錐花序を形成し、5弁の小さな花が断続的に咲く。遠目では分からないが、近寄ってみると、独特な花の形や絶妙な配色をもつ美しい花であることに気がつき驚く。そして、親株から細い走出枝(ランナー)枝を伸ばした先に新しい株を作ったりと、したたかな繁殖手段も持つ。花の時期は本格的な夏が来る前に終わってしまうが、常緑の葉が残り、来年への期待を繋げてくれる。

ユキノシタの花 (2018年5月27日 所沢市)

【基本情報】
 ・名称:ユキノシタ(雪の下)
 ・別名:コジソウ(虎耳草)、キンセンソウ(金線草)、イドクサ(井戸草)、猫の耳、鴨足草、など
 ・学名:Saxifraga stolonifera
 ・分類:ユキノシタ科 ユキノシタ属
 ・原産地:日本と中国
 ・分布:日本では、北海道、本州、四国、九州に自生する他、人里の庭でも栽培
 ・花言葉:博愛、深い愛情、恋心、切実な愛情

■形態
 根元から長い葉柄が出て、葉はロゼット状に広がる。葉は大きい円形なので、地上一面に葉が広がっているように見える。葉の表面は暗緑色で主脈に沿って灰白色の斑が入り、葉縁は粗く、浅く切れ込みがある。葉柄や花柄にも粗い毛が生えている。初夏に花茎を伸ばし、その先に円錐花序を形成して多数の小さな白い花をつける。

ユキノシタの株 (2014年5月26日 所沢市)

ユキノシタの円錐状の集散花序 (2023年5月9日 所沢市)

■花
 ユキノシタの花期は5~6月頃で、花茎に円錐状の集散花序を形成し、蕾や花を多数つける。花弁は5枚で、上部の3枚と下部の2枚は構造が異なる。上部の3つの小さな花弁は、先端は尖り、基部は浅い心形。花弁の上方は淡紅色(中には、ほぼ白に近いものもある)で、その中に不規則な形の赤紫色の斑点があり、花弁の下方はほぼ白色で、その中にの黄色の斑点がある。下側の2つの花弁は披針形で、上側の3花弁よりずっと長く、大きさは多少不揃いで、斑点は無く色は白。 上下の花弁の形と色彩のコントラストが際立つ。
 雄蕊は10個あり、開花後徐々に放射状になり、花糸は白色で、先端が基部よりやや太く、裂開前の葯は淡紅色。花の中心に濃黃色の花盤があり、その中に子房があり、雌蕊の花柱は2本ある。花柱は開花直後は短く、雄蕊が花粉を出し切って葯が脱落する頃に長く伸長し、自家受精を回避する。

花序には蕾や花が連なる (2014年5月26日 所沢市)

白い花弁は、下の2枚は細長く、上の3枚は短く斑点がある (2010年5月30日 所沢市)

横から見た花 (2024年5月15日 所沢市)

上の3枚の花弁には、先の方は赤紫色、基部は黄色の斑点がある (2012年5月27日 所沢市)

雄蕊は10本、黄色の花盤に囲まれ雌蕊の花柱は2本 (2020年5月31日 所沢市)

■繁殖方法
 ユキノシタの繁殖方法は2通りある。1つは虫媒花として、昆虫によって花粉が運ばれ受粉する種子繁殖だ。受粉すると花柱が大きくなり、先端がくちばし状の果実ができる。果実は蒴果で茶色の極小の種子が含まれる。もう1つの方法は、親株の根本から、地上茎である紅紫色の走出枝(ランナー)を出して、先端が根付いて子苗をつくり栄養繁殖だ。これは、イチゴの栽培でも使われる方法だ。植栽でユキノシタを育てる場合は、ほぼ栄養繁殖のようだ。

花を訪れたハナバチ (2014年5月26日 所沢市)

花後にくちばし状の果実が出来る (2024年6月1日 所沢市)

親株から、紅紫色の走出枝(ランナー)を出して栄養繁殖する (2024年5月21日 所沢市)

■近縁種 ホシザキユキノシタ
 ホシザキユキノシタ(星咲雪ノ下)は、ユキノシタの変種と言われ、筑波山のみに生育する固有種。花弁に特徴があり、ユキノシタでは上3弁が小さく、下2弁が長いが、ホシザキユキノシタは下の花弁は同じ位の長さか、退化してない。原産地以外では、植物園でしか見られないと思う。

ホシザキユキノシタ の花 (2024年6月5日 東京都薬用植物園)

■ユキノシタとハルユキノシタ
 ユキノシタの近縁種にハルユキノシタがあり、次のような特徴がある。
 【ハルユキノシタ(春雪ノ下、学名:Saxifraga nipponica)は、ユキノシタと同属の植物で、日本の固有種。本州の関東地方から近畿地方の山地に自生。ユキノシタとの主な相違は、花弁の上部3弁の付け根は濃い黄色となり、花弁の先には赤紫色の斑点が無い。葉には葉脈に沿った模様が無い。また、花期はユキノシタより早く、4~5月頃になる。】
 そこで、紛らわしい2つのサンプルを挙げる。サンプル1の花は5月に咲いたのでハルユキノシタの可能性があるが、上の3枚の花弁の先の方をよく見ると、極淡い赤い斑点があるように見えるで、ユキノシタと思われる。また、下の花弁が2枚でなく3枚あるのは偶然か。サンプル2は、上の3枚の花弁の先の方は純白だが、6月の花なのでハルユキノシタの可能性は低い。この2例とも、葉の様子をチェックしておけば悩むずに済んだはず、修行不足を痛感。ネット情報でユキノシタとハルユキノシタの画像を調べてみると、花茎や萼に生える薄い毛の色は、ユキノシタは紫色、ハルユキノシタは緑色なので、サンプル1と2は共にユキノシタと思われる。そうであれば、ユキノシタの姿は変幻自在、どのように定義すれば良いのだろうか?

サンプル1 (2024年5月10日 所沢市)

サンプル2 (2007年6月3日 所沢市)

■ユキノシタと日本人
 ユキノシタの葉は、人間に大いに貢献をしている。食用には、クセがないので天ぷらやおひたし、あえものなどになり、薬用としては乾燥した葉を生薬"虎耳草"として、体のむくみや胃もたれ、下痢などに薬効がある。また、一面に広がる常緑の葉は庭のグランドカバーの役割も果たしている。一方、ユキノシタの花は小さいので、しゃがみ込んで覗かないと様子がわからず、しかも、初夏の僅かな期間しか咲かないため、余程注意しなければ目立たない。更に輪を掛けて複雑なのは、花の印象を決定づける上部3枚の花弁の斑点が、花によって個性があり過ぎ、結局花が美しいと思うのか、イマイチと思うのかは偶然の産物になってしまう点だ。この振れ幅は、ユキノシタの遺伝子に由来するものなのだろうか、それとも生育環境によるものなのだろうか、未だ解明がされない謎を持った植物のように思える。ただ、現代人は絵に描かれたような理想的な花の姿を求めて、初夏になるとユキノシタの株を探しまわり、ひたすら徘徊するのだ。