サイハイラン - 冬の一枚葉

 サイハイラン(采配蘭)は、ラン科サイハイラン属の多年草。日本では北海道から九州までの森林の地表面に自生する地生ランの在来種。名の由来は、花序の形を戦場で武将が指揮をするときに振った采配に見立てたもの。中世以前の名も、別名も流布していないので、人とは関わりを持たず、ひっそりと生き続けたのだろう。ランの仲間ではあるが、シュンランやキンランのような華やかさはなく、傘のような花が下向きにわずかに開いているので、見逃してしまいそう。しかし、花の構造はランそのものであり、中心部の紫や黄色、白の配色も美しい。ランは栄養の貯蔵器官である偽鱗茎が繁殖にとって重要だが、サイハイランでは生育に必要な養分を光合成からも得ている。このため、株が枯れても新たな1枚の葉は冬の間も残る。サイハイランを特徴づけるものは、初夏の花とともに、冬の一枚葉だ。

サイハイランの群生 (2024年5月21日 所沢市)

【基本情報】
 ・名称:サイハイラン(采配蘭)
 ・別名:-
 ・学名:Cremastra appendiculata
 ・分類:ラン科 サイハイラン属の多年草
 ・原産地:日本の他、樺太南部、朝鮮南部、中国、台湾、ヒマラヤに分布
 ・分布:日本では南千島、北海道、本州、四国、九州の山地の林床に自生
 ・花言葉:人生の勝負師

■生態
 サイハイランは腐生植物の一種であり、菌根を形成し、生存に必要な栄養分を菌類から得る。これを貯めた偽鱗茎は数年で衰弱するが、この栄養分の不足は、緑の葉を出して光合成で補っている。この微妙なバランスを前提にサイハイランは生き延びている。サイハイランに必要な菌類の種類は限定されているので、園芸的な観点からは、長期栽培や移植が難しい植物だ。
 春になると直径3㎝位の偽鱗茎から、普通は1枚の葉と1本の花茎を出す。花茎には10~20個の花が総状花序を構成する。花が枯れると果実が出来るが、どうやら選択的なようで、実際には果実を目にする機会は少ない。この果実は蒴果で、乾燥して成熟すると自然に裂開し、その中に糸くず状の多数の種子があるが、種子は栄養分を持たないので、普通の播種では繁殖が難しく、特定の菌類との共生が必要。これがサイハイランの増殖を困難にしている一因らしい。
 初秋に出た普通は1枚の葉は冬も枯れずに残り、光合成を続けて夏頃に葉は枯れるが、サイハイランは地下で共生している菌からも養分をもらい続け成長していく。

株の全景、葉は根元につき花茎は直立し総状花序がつく (2023年5月17日 所沢市)

■花
 サイハンランの総状花序は全方向と言うよりは、偏った方向に花がつく傾向がある。花は順次下方から上方へ向かって咲く。花序を遠目で見ると、色はくすんだ淡い緑褐色や淡い白紫色で地味で、花の開口部は狭く、下向きに咲くので一瞥するだけでは花の美しさは分からない。しかし、良く見ると花の構造はランそのもので、中心部の紫や黄色、白の配色は見事だ。花が終わると花茎が残るが果実を見る機会は少ない。3年目に初めて見たとの報告ある。複雑な繁殖方法の植物なので、何か理由があるのだろう。

花は下から上の順に咲く (2023年5月17日 所沢市)

花の構造 (2024年5月15日 所沢市)

淡い緑褐色の花 (2023年5月17日 所沢市)

淡い白紫色の花 (2023年5月17日 所沢市)

花は下向きに咲く (2024年5月15日 所沢市)

花の中心部は華やかな配色 (2024年5月21日 所沢市)

同上 (2024年5月21日 所沢市)

花が終わり、花茎が残るが果実を見る機会は少ない (2023年6月6日 所沢市)

■越冬
 花期が終わると、冬を越した葉は枯れ、秋になると新たな葉が生えてくる。冬の期間もこの葉は残り、光合成を続け、偽鱗茎に栄養を貯める。冬の山野を散策してこの一枚葉を見つけると、生命力の強靭さを感じる。

秋になると新しい葉が現れる (2023年9月25日 所沢市)

冬の一枚葉 (2024年1月12日 所沢市)

■サイハイランと日本人
 サイハイランは、葉による光合成以外に菌類からも養分を得ると言う特殊な生態ゆえに、繁殖が難しく、各地で絶滅危惧種に指定されている。そのため、サイハイランは自然の多様性と生態系のバランスをチェックするための存在にもなっている。冬の一枚葉は、サイハイランの存在証明であり、大変わかりやすい指標になっている。また地味な存在であるにも関わらず、花の開口部を覗くとラン特有の美しさに感動する。かつては偽鱗茎が薬用に使われたことがあるらしいが、現代人に取っては何の有用性もない植物ではある。しかし、自然の摂理や人間の感性には不可欠な存在と思う。