ミゾソバ – したたかな金平糖

 ミゾソバは日本各地の湿地や水路脇に群生するお馴染みの植物だ。その様子は、広大な緑の絨毯の上に無数の小さな淡いピンクの点が散らばっていて、ちょっとした小宇宙を思わせるものだ。ミゾソバを構成する花や葉はその形や色が個性的なデザインであるため、見る人に様々な印象を与える。このため、様々な名称で呼ばれている。先ず、生育環境は異なるが花や種の雰囲気が同じタデ科の畑地のソバ(蕎麦)に似ていることから、湿地のソバと言うことでミゾソバ(溝蕎麦)。田んぼやカエルの棲家の近くにも繁るため、タソバ(田蕎麦)、カエルグサ(蛙草)、カエルタデ(蛙蓼)。川や用水路の縁にも生長するのでカワソバ(川蕎麦)、カワッペ。花の蕾の集合体が金平糖を想像させるためコンペイトウグサ。葉が生長すると、正面から見た角のある牛の頭に似た形になるのでウシノヒタイ(牛の額)、ベコグサ(牛草)、ギュウメンソウ(牛面草)、ギュウカクソウ(牛革草)、更に葉の中に”八”の字のような黒っぽい斑が入ることがあるためハチノジグサ(八字草)。そして晩秋には葉が黃や赤に染まるのでアカッツラ。これ程名前があると、ミゾソバとはどのようなものか果てしなく妄想が拡がる。実体は唯一つなのだけど。

【基本情報】
 ・ 名称:ミゾソバ、ウシノヒタイ、コンペイトウグサ、ハチノジグサ 等
 ・ 和名:溝蕎麦、牛の額、金平糖草、八字草 等
 ・ 学名:Persicaria thunbergii
 ・ 科目:タデ科
 ・ 属名:イヌタデ属
 ・ 分類:一年生草本植物
 ・ 分布:北海道から九州まで、全国各地
 ・ 環境:湿地帯
 ・ 開花期:8~10月
 ・ 花言葉: 純情、風変わり
 ・ 原産地:不明(日本、北東アジアか)


■蕾と花
 帯広競馬場の西に鬱蒼とした森と湿地が広がっている。そこは西町公園と呼ばれ木道が敷かれて市民の散策コースになっているが、園芸植物は皆無で野生植物が繁茂する自然のままの植生だ。夏に帰省すると、キツリフネ、エゾミゾハギ、オオイタドリ、キンミズヒキなどが開花して目を引くが、ミゾソバは背が低く花も小さいので目立たない存在だ。ところが、木漏れ日がさすとミゾソバの花が暗闇から浮き上がり、なかなか幻想的だ。
 花柄の先に10個程度の蕾が放射線状に並ぶ様子はお菓子の金平糖に似ているのが、金平糖草と呼ばれる所以だ。色は上方はピンク、下方は白のグラデーションが美しい。花が開くと花弁のようなものが5枚、花の中央に雌蕊、その周辺にやや長い8本の雄蕊がある。この花弁のようなものは、他のタデ科の植物と同様に萼とのこと。機能的には内部の雌蕊や雄蕊を守るとともに花粉を仲介する昆虫を誘うものだが、植物の進化の過程で様々な形態があるようで興味深いが、素人目には花弁か萼かの区別はつかない。

ミゾソバ (2013年8月16日 帯広市)

赤みの強いミゾソバの蕾と花 (2013年8月15日 帯広市)

白いミゾソバの花 (2013年8月15日 帯広市)

■花と虫
 ミゾソバの小さな花にも虫は集まる。大きな羽音とともにやってくる大型の蜂は少ないが、小さな虫を中心に多士済々。目立ったものでは蝶々、アカマダラがやってきて幾つかの花にまたがってストローなような口吻(こうふん)を伸ばし密を吸っている。また、ハナバチ類も来た。大きさは全長5mm程度だろうか、花の奥に頭を突っ込み密を吸っているようだ。更に俊敏な動作で緑色のハナグモが見え隠れしていた。ハナグモの目的は花の密ではなく、花に近寄る少昆虫を捕食するため。ミゾソバの花の周辺でも、自然界の厳しい生存環境は存在しているようだ。

アカマダラとミゾソバ (2011年8月15日 帯広市)

ハナバチとミゾソバ (2014年8月10日 帯広市)

ハナグモとミゾソバ (2011年8月15日 帯広市)

■葉
 ミゾソバの葉の形は、花に近い部分を除き大部分は角のある牛の顔の形をしているので、ミゾソバにはウシノヒタイと言う別称がある。また、新選組副長の土方歳三の生家が製造・販売していた打ち身や筋肉痛に効果のある民間薬「石田散薬」の原料が、土用の丑の日限定で多摩川の支流・浅川に生えているミゾソバを刈り取ったもので、これを牛革草と読んでいた伝承がある。この薬は酒とともに服用するが、その薬効は現在の科学では不明。案外、百薬の長である酒の効果かも。
 牛の額型の葉の中に、”八”の字のような黒っぽい斑が入ることがあるためハチノジグサ(八字草)と言われているが、このような模様がはっきりしている個体に遭遇する機会は残念ながら少ない。ややコントラストは低いが”八”の字紋を矢印で示す。

ミゾソバの葉と”八”の字紋 (矢印の部分、 2023年10月24日 所沢市)

■住宅街のミゾソバ
 ミゾソバと言えば、湿地帯や田んぼ沿いにひっそり咲いているイメージだったが、住宅街を流れる河川の川面のおおよそ半分を埋め尽くし、長い帯のように連なっているミゾソバの群生があった。ここで見たミゾソバの花は白っぽく、生育の程度も上流から下流までほぼ同程度。一年草なので、同じ遺伝子を持ったのだろうか。そして何よりもボリューム感がある。それは陸地で栽培されている一面のソバ畑と通じるものがある。花や葉の形は少し異なるが、タデ科どうしのためか茎や枝の張り方等、骨格が良く似ている。この景色を見て、カワソバの別称が実感できた。

河川敷のミゾソバ (2023年10月24日 所沢市)

畑地のソバ (2003年7月6日 所沢市)

■秋のミゾソバは変幻自在
 秋になると、ミゾソバは予想外の変身をする。茎が赤くなり、葉が黄色や赤くなり、草紅葉になる。これは想定内で、これがアカッツラの名称の所以だ。ところが、花が咲いた後に晩秋になって、再び蕾を付けているように見えるではないか。実はこれは蕾ではなく花被に覆われた果実で、この中に角 が3つある(3稜形)のソバのような種がある。この果実は、鳥や風によって遠くに飛ばされ、翌年彼の地で芽を出す。子孫を残す手段はこれだけでなく、なんと水面下でも意外な隠し技も仕込まれていた。

草紅葉のミゾソバ (2022.10.29 所沢市)

ミゾソバの実は蕾のよう (2023.10.23 所沢市)

残った実の様子 (2022.10.29 所沢市)

■閉鎖花
 ミゾソバを湿地から引き抜くと水面から上に伸びている茎とは別に、水平に水中で伸びている茎がある。この匍匐茎(ほふくけい)の節々に根とともに閉鎖花がある。この閉鎖花は水面下にあるので昆虫による受粉ができないがその代わりに、自花受粉する。このため、茎の上の花(開放花と呼ぶ)よりも確実に受粉できるが、虚弱な種子ができる可能性があったり、閉鎖花の種は株の付近にできるので翌年に根付く地域は限られてしまう。それでも、子孫を残そうとするミゾソバのフレキシブルな生存戦略には目から鱗だ。

ミゾソバの匍匐茎部分 (20233.11.20 所沢市)

ミゾソバの閉塞花 (20233.11.20 所沢市)

 冬になるとミゾソバは枯れ姿を消すが、3月になると湿地で発芽し、初夏には緑の絨毯が敷かれ、盛夏の頃から花が咲いてミゾソバらしい季節を迎える。現代人は専ら花の美しさを愛でるだけだが、かつては薬の原料や、飢饉に備えて栽培もしていたようだ。若葉のおしたしや、蕾や花の混ぜご飯が美味しいらしい。ミゾソバの呼び名の多さは人間との関係の深さを表しているように思う。ストレートな美しさや、巧みな生存戦略は花言葉(純情、風変わり)の通りだ。