ビロードモウズイカは雑草か?

 ビロードモウズイカをご存知だろうか? 大きなロゼッタ状の葉と密集した小さな黄色い花穂からなるシンプルな構成ながら、ひたすら垂直方向に天に向かって見上げるような高さになり、全体がビロードの様な柔らかい毛に覆われている。それがビロードモウズイカの姿だ。見慣れた日本の草花とは異なる人の背を超える程の巨大さと大胆な造形から、異形でエキゾチックな雰囲気は一度見たら忘れられない。
 また、ビロードモウズイカの名称は、漢字では天鵞絨毛蕊花と書き、株全体が布地のビロード(天鵞絨)の様な柔らかい毛に覆われたモウズイカ(毛蕊花)の仲間という意味だ。成程、納得。また、葉がタバコに似ていることから日本では庭煙草とも呼ばれてる。ビロードモウズイカの原産地は欧州で、明治初期に観賞用植物として輸入された。当初は庭園で大切に育てられたと思うが、現在では当地所沢でも畑や空地で自生しているを時々見かける様になった。日本では原産地の気候に近い北海道や東北地方で自生するケースが多いようだが、ウェブ記事によると南は九州まで全国的に自生地が拡がっているようだ。果たして将来、初夏の日本の風物詩として異形のビロードモウズイカが登場することがあるのだろうか…と余計な心配をしている。

全景: 高さは2m超えるものもある (2023年6月5日 所沢市)

花序 (2023年6月5日 所沢市)

花: 5弁花で5つある雄蕊の一部に白い毛が密集 (2008年8月19日 帯広市)

葉や茎に毛 (2023年6月5日 所沢市)

若い個体 (2023年6月5日 所沢市)

【基本情報】
 ・名前:ビロードモウズイカ (天鵞絨毛蕊花 )
 ・別名:ニワタバコ (庭煙草)
 ・学名:Verbascum thapsus L.
 ・分類:シソ目 ゴマノハグサ科 モウズイカ属
 ・生態:二年草で、高さは1~2m
 ・原産:欧州、北アフリカ、西アジア【外来種】
 ・分布:全国各地(北海道、東北に多い)
 ・効用:薬用、園芸
 ・花言葉:臨機応変な態度、 人当たりの良い


■栽培された株
 初めてビロードモウズイカを見たのは、北海道内に点在する花の観賞用庭園(北海道ガーデン街道)のひとつ、帯広の紫竹ガーデンでだった。この庭園は西洋式庭園で、幾つかのテーマに沿った調和的な風景を表現しており、そこにビロードモウズイカが咲いていた。大切に育てられた株は、ゴシック建築の尖塔を思わせるように高く垂直に伸びていた。庭園との調和という点に関しては今一つだが、西洋から渡来した孤高の珍しい植物として記憶に残った。

天に向かって伸びるビロードモウズイカ (2003年8月12日 帯広市紫竹ガーデン)

庭園の風景の中で(2003年8月12日 帯広市紫竹ガーデン)

 次にビロードモウズイカに出会ったのは、東京都小平市にある東京都薬用植物園である。この植物園は国内外の様々な薬用植物の収集や栽培をしており、珍しい植物に遭遇する機会を与えてくれる。ビロードモウズイカについては、毎年ではないが時々栽培されているのを見かける。実はビロードモウズイカの花や葉には呼吸器系の鎮静作用があり、それがここ薬用植物園で栽培される理由だ。観賞用の他に薬用としても有用な植物だ。
 今年(2023年)は園内にビロードモウズイカは確かにあったが、それは栽培用の畑地にではなく、正門突き当りエントランスの園内の案内掲示板の前だった。ちょうど2株のビロードモウズイカが山門を守る阿吽の仁王様の如く立っていて、これまでのイメージと異なり、とても自然な景色に思えた。

栽培地の株 (2014年7月1日 東京都薬用植物園)

掲示板前の2株 (2023年6月21日 東京都薬用植物園)

■自生株
 近所の駐車場の脇にビロードモウズイカが自生しているのを見つけた。狭い空地にカンゾウやユリ、コバンソウ等多くの雑草に混じって、ひときわ高く聳えていた。やがて季節が廻り花序が茶色く枯れて残ったが、それにつる性の雑草が絡みつき、ビロードモウズイカの痕跡は消えてしまった。ビロードモウズイカは2年草であり、翌年には新たなロゼッタ状の葉が成長するのではないかと期待していたが変化なし。ビロードモウズイカの種子は発芽寿命が100年程度あるとのことだが、発芽については他の植物との競合に弱く、他の植物の影響の強い雑草密集地では厳しようだ。しかし、環境が変われば来年以降に発芽する可能性は残っている。

雑草密集地の自生株 (所沢市 2021年6月11日)

 自生の別の例として、舗装道路とそれに隣接するコンクリート壁面の間に、”スキマ植物”として自生しているものがあった。気温の寒暖差や構造物の老 朽化によって隙間ができると、雑草にとっては千載一遇のチャンス。狭いが外に開けた空間に向け、地中に眠っていた雑草の種子が目を覚まし、最寄りの隙間めがけ芽を伸ばす。ここではビロードモウズイカは数メートルの間隔で発生していたが、その間の隙間にはガガイモ、ヒメムカシヨモギ、ノビル等がひしめき合っている。この陣地取り今後も続いていくが、果たしてビロードモウズイカは生き延びていけるだろうか?

コンクリートの隙間から伸びた自生株(帯広市 2023年7月24日)

■ビロードモウズイカは雑草か
 最近は空地や道路脇でもビロードモウズイカを見かける機会が増えてきた。雑草化である。ビロードモウズイカは開けた土地でなければ種子の発芽が難しく、攻撃的な外来種とは見做されていない。セイタカアワダチソウやオオブタクサのように既存の植物を排除するような外来種ではないようだ。ビロードモウズイカの花言葉は「臨機応変な態度、 人当たりの良い」とのこと、先人はビロードモウズイカの性格を良く観察したものだと感心した。結論としては、「ビロードモウズイカは雑草である。しかし、それ程悪い奴ではなく、役に立つことも人を和ませるところもある。」と言うあたりだろうか。

 また、雑草化の課題は、雑草が在来種を駆逐しないよう植物の多様性を維持することである。これは単に雑草の繁殖能力を議論するだけでなく、道路や堤防、宅地造成等の土木工事による新たな土壌環境に対して、在来種を含めて植生をどのようにデザインするかが重要と知った。
【参考】「在来植物の多様性がカギになる – 日本らしい自然を守りたい」(根本正之著、岩波ジュニア新書 969)