ハナトラノオ - 夏から秋の日常風景

 ハナトラノオ(花虎の尾)は、シソ科ハナトラノオ属の宿根性の多年草。原産地は北アメリカ東部で、大正時代に観賞用に導入されたが、繁殖力が強く、現在では庭園を逸出して人家周辺の道路脇や野原で野生化しているのをよく見かける。名の由来は、花序の形が似ていて白い花を多数つける在来種のサクラソウ科のオカトラノオ(丘虎の尾)を連想させるが、華やかなピンクの花色を持つのでハナトラノオと名付けられた。また、茎の断面が四角いのでカクトラノオ(角虎の尾)の別名がある。真っ直ぐに伸びた茎の先に、四方に広がったピンクの花が連なる様子は、直線と四角形で構成されたシンプルで明快な姿をし、しかも宿根草なので群生してボリューム感もあって良く目立つ。日本の気候に順応したためか、外来種でありながら夏から秋にかけて代表的な花として認知され始めた。しかし、ハナトラノオは、薬効成分も有毒成分も含まないので、人畜無害の余り役に立たない植物だ。だが、華道では直線の茎が芯になり、花が下から上へと順番に咲き変化が楽しめ、茶道では秋の訪れを表現する茶花として人気がある。新参者だが伝統の世界でも自己主張を始めたようだ。

ハナトラノオの花 (‎2005‎年‎9‎月‎25‎日 所沢市)

【基本情報】
 ・名称:ハナトラノオ(花虎の尾)
 ・別名:カクトラノオ(角虎の尾)
 ・学名:Physostegia virginiana
 ・分類:シソ科 ハナトラノオ属の多年草
 ・原産地:北アメリカ東部
 ・分布:日本には対処時代に渡来し、現在では北海道から沖縄まで栽培されている
 ・花言葉:希望、望みの達成、望みの成就

■生態
 ハナトラノオは宿根性の多年草で、地下茎を伸ばしながら根を張って広がり(匍匐性)、群生する傾向がある。但し、繁殖は種子でも可能だが、園芸植物として植栽するには、栄養繁殖の方がコントロールし易い。茎は地面から枝分かれせずに直立し、草丈は1m程度になる。茎の断面は、シソ科らしく四角形で無毛。葉は茎に対生するが、次の節ではその向きが90度変わる十字対生が特徴だ。葉の形は長楕円形で厚く、鋸歯があり、先が鋭く尖る。そして、花枝は上方の葉の腋から伸びる。

群生するハナトラノオ (2026‎年‎9‎月‎1‎日 所沢市)

茎は地面から枝分かれせずに直立し、草丈は1m程度になる (‎2025‎年‎9‎月‎9‎日 所沢市)

茎の断面は四角形で無毛、花枝は葉腋から伸びる (‎2025‎年‎9‎月‎9‎日 所沢市)

葉は茎に対生するが、次の節では向きが90度変わる十字対生だ (2026‎年‎9‎月‎1‎日 所沢市)

葉は長楕円形で厚く、鋸歯があり、先が鋭く尖る (2026‎年‎9‎月‎1‎日 所沢市)

■花
 葉の腋から出た花茎に花が連なってつくが、花柄は無いので穂状花序を形成する。四角い花茎に沿って四方向に規則的に花が並ぶ。花は長い穂状花序の下から上に向かったて順番に咲いていく。萼は筒状で先端が5裂し尖る。花の構造はシソ科特有の唇形花で、筒の先が上下に分かれる。上唇は、ほぼ平らで、直下にある雌蕊や雄蕊を保護している。下唇は先端が3裂して大きな空間を作り出し、その内側に紫色の小さな斑点模様があり、これが昆虫を呼び寄せる蜜標になっている。ハナトラノオの花には、主にハチやチョウ、スズメガなどの仲間が集まる。

花は長い穂状花序を形成し、四方向に花がつき、下から上に順に開花する (‎2026‎年‎9‎月‎1‎日 所沢市)

萼は筒状で先端が5裂して尖り、唇形花を支えている (‎2026‎年‎9‎月‎1‎日 所沢市)

満開の穂状花序の様子、大きな開口部をめがけて昆虫が集まる (‎‎2002‎年‎9‎月‎15‎日 所沢市)

下から花の上唇部を見上げると、中央の雌蕊を挟んで雄蕊が4本見える (‎2026‎年‎9‎月‎1‎日 所沢市)

横から花を見ると、柱頭が2裂した雌蕊の長さが分かる (‎2026‎年‎9‎月‎1‎日 所沢市)

大きなクマバチは、花弁に穴を開けて盗蜜しているのかもしれない (‎2026‎年‎9‎月‎1‎日 所沢市)

キアゲハは、長い口吻を花の奥に差し込み吸蜜する (‎‎2009‎年‎9‎月‎6‎日 所沢市)

オオスカシバも、長い口吻で吸蜜する (‎‎‎2008‎年‎9‎月‎7‎日 所沢市)

 また、ハナトラノオには白い花を咲かせるものがある。これは、分類学上はピンク色のハナトラノオとまったく同じ種(学名:Physostegia virginiana)であり、その中の白花品種だ。園芸品種として栽培されていると思われるが、当地でも時々見かける。

白い花のハナトラノオ (‎‎‎‎2007‎年‎7‎月‎29‎日 所沢市)

■果実
 花が終わると、花弁が落ち、萼の内部に果実が覗く。果実は、子房が成熟して4個の小さな分果に分割される4分果になる。1つの分果は3綾形で、暗褐色。やがて、種子である分果が、萼からこぼれ落ちると、羽根もなく鳥の餌にもならないので、株の周辺に落ち、年を越して発芽する。種子による繁殖も、匍匐による栄養繁殖と同様に群生地を徐々に広げることになる。

萼の奥深くに果実が出来る (‎2026‎年‎9‎月‎10‎日 所沢市)

果実は4分果し、分果には3つの稜線がある (‎2026‎年‎9‎月‎10‎日 所沢市)

■ハナトラノオと日本人
 ハナトラノオは、科学的には薬にも毒にもならない何の役に立たない正体不明の植物だが、園芸や新しい伝統文化の創造で実用化が進んでいる。世界的には原産地の北アメリカの他、日本や中国などの東アジア、ヨーロッパなどで盛んに植栽されている。最近、この謎の多いハナトラノオの実態に迫る研究が行われている。中国の信陽農林大学では、遺伝子(葉緑体ゲノム)を完全解読し、遺伝子の構造究明と系統発生学的解析をし、"Complete chloroplast genome structural and phylogenetic analysis of Physostegia virginiana (L.) Benth. 1930 (Lamiaceae)"を公開した(2025年、詳細はここをクリック)。その結果、ゲノムの大きさは全長は152,880bp(塩基対)であること、遺伝子の数は合計131個であることが判明した。これにより、ハナトラノオがシソ科の中でどのような進化をたどってきたのか、その正確な親戚関係(系統的位置)を遺伝子レベルで議論するための基礎データが得られた。
 新大陸の北アメリカから世界に拡散し、日本でも100年程度の歴史しか無いハナトラノオは、生物学的にも未知な植物のようだ。この研究から、進化過程の究明ばかりでなく、実用的な応用面まで進展があることを期待する。