イチジク - 花は何処へ行ったの

 イチジク(無花果)は、クワ科イチジク属の落葉樹。西アジアの原産で、その起源は古く、紀元前からエジプトの遺跡の壁画や、旧約聖書のアダムとイブの物語にも登場する由緒正しい果樹植物だ。日本には江戸時代初期に、中国を経由して渡来したが、中国名の映日果(インリークオ)が日本では訛ってイチジクとなり、漢字では外見上花らしきものがないので無花果と表現されている。ところが花は、瘤のようなの花嚢の中に存在するのだ。

イチジクの花嚢、この中に花がある (‎2024‎年‎6‎月‎27‎日 所沢市)

 ここからイチジクの繁殖システムの説明が必要になる。イチジクには雌雄同株の種と雌雄異株の種がある。そして花粉を媒介するのは、イチジクコバチが唯一の存在であり、絶対共生の関係にある。先ず、分かり易い雌雄同株の種から始める。雌雄同株の花嚢の中には、花柱の長い雌蕊、花柱の短い退化した雌蕊、そして雄蕊が存在する。花嚢の先端にある開口部からイチジクコバチが出入りする。イチジクコバチの目的は雌蕊の花柱の上から産卵管を挿入して産卵をすることだが、花柱の長い雌蕊には産卵管は届かないが、花柱の短い雌蕊には産卵できる。イチジクにとっては、イチジクコバチが運ぶ雄蕊の花粉が長い雌蕊の花柱につくと受精し種子ができる。この場合は、イチジクにとってもイチジクコバチにとってもwin-winの関係になる。雌雄異株の場合は、もっと複雑だ。先ず雌株の場合は、花嚢には花柱の長い雌蕊だけが存在する。他の花から花粉も持ち込んだイチジクコバチが花嚢に入ると雌蕊は受粉できるが、イチジクコバチは産卵する場所はなく、イチジクだけに利点がある。雄株の場合は、花嚢には花柱の短い雌蕊と雄蕊が存在する。イチジクコバチが花粉を持ち込んでも花柱の短い退化した雌蕊は受精できないが、イチジクコバチは花柱の短い雌蕊に産卵が出来るので、イチジクコバチが得をする。実に複雑な方法だが、JT生命誌研究館の季刊誌に、"イチジク属植物とイチジクコバチの共生関係の仕組みについて"で、豐富な図や動画を用いてこのプロセスが説明されている(ここをクリック)。
 ところで、日本にはイチジクコバチは生存しない。これまでの説明は原産地における生態であって、日本で栽培されているイチジクの殆んどが、受粉が行われなくても果実が肥大して形成される単為結果性品種の雌株である。これは、古い時代に突然変異で発生し、それを発見した人類が挿し木などの栄養繁殖をしながら維持してきたものだ。生物学的にも、伝説的にも多くの物語を持つ不思議なイチジクだが、これから先は日本の果樹植物としてのイチジクに限定して言及する。

【基本情報】
 ・名称:イチジク(無花果、映日果、一熟)
 ・別名:唐柿、蓬莱柿、南蛮柿、唐枇杷など
 ・学名:Ficus carica
 ・分類:クワ科 イチジク属の落葉樹
 ・原産地:西アジア
 ・分布:果樹として、世界的に栽培されている
 ・花言葉:子宝に恵まれる、多産、実りある恋、裕福、豊富、繁栄、愛など

■生態
 日本で栽培されるイチジクの樹高は、精々3~5m。幹の樹皮は灰色で皮目があり、多く分枝し横に広がる。イチジクは落葉樹で、冬の枝先には冬芽と葉痕が目立つが、春になると小枝が直立し、若葉が芽出しする。成長すると、葉は互生し、花嚢は葉の腋から出る。 イチジクの葉は、3裂または5裂に深く切れ込みが入る(掌状裂)。これは植物としての生存戦略、例えば下方の葉にも日光を確保するとか、風通しを良くするためとかで自律的に環境に適応した説と、遺伝的系統により異なるとの説もある。例えば、江戸時代初期にペルシャから中国を経由して日本に伝わった在来種"蓬莱柿(ほうらいし)"は3裂、明治以降に欧米から導入された品種"桝井ドーフィン"は5裂が標準だ。

幹の樹皮は灰色で皮目があり、枝は横に広がる (‎‎‎2025‎年‎8‎月‎14‎日 東京都薬用植物園)

イチジクの冬芽(先端)と葉痕(基部) (‎‎2026‎年‎3‎月‎14‎日 東京都薬用植物園)

小枝は直立し、葉は互生し、花嚢は葉の腋から出る (‎‎‎2025‎年‎8‎月‎14‎日 東京都薬用植物園)

葉は深く切れ込みが入り、これは5裂したもの (‎2024‎年‎6‎月‎27‎日 所沢市)

こちらは3裂した葉 (‎‎‎2025‎年‎8‎月‎14‎日 東京都薬用植物園)

■花
 葉の成長と同期して、下部が膨らみ上部に向かって細くなる所謂イチジク形(倒卵形)の花嚢も生育し、その中に花がある。構造的には、薄い外皮の内側に、花托(花床とも言う)の薄い層があり、そこから細長い花が中心に向かってつく。このような花嚢の構造を、隠頭花序と呼ぶこともある。日本のイチジクは雌株なので、花は全て雌花である。これが見えないイチジクの花の実態だ。

夏になると倒卵形の花嚢が生育し、その中に花がある (‎2024‎年‎6‎月‎27‎日 所沢市)

花嚢を取り巻く花托から、雌花の雌蕊が中心に向かって伸びる (‎‎2006‎年‎9‎月‎2‎日 所沢市)

■果実
 花が終わると、外見上の変化はないが、名が花嚢が果嚢へと変わり、内部は無数の果実(痩果)の集合体になる。但し、食べ時の判断が難しい。秋になって果嚢が熟して食べ頃になるのが秋用果、冬を越して夏に食べ頃になるのを夏用果と言い、同じ品種でも秋夏兼用のものもある。果嚢が熟すと大抵は果皮は茶褐色に変化する。このときには、外側の果皮を除けば、果嚢の中は花から果実になった部分と花托部分であり、これが可食部分になる。また、折角できた果実だが、日本のイチジクの場合は繁殖に寄与できず、挿し木などで増殖する。

食べ頃になった果嚢の外皮は、茶褐色になる (‎‎‎2022‎年‎11‎月‎16‎日 所沢市)

可食部分は、成熟した果嚢の内部にある (‎‎‎‎2024‎年‎10‎月‎11‎日 東京都薬用植物園)

■イチジクと日本人 
 イチジクは、摩訶不思議な生態を維持しながらも、日本のみならず世界中でも、人類にとって少量でも必要不可欠なものだ。例えば、食用では生食の他、ジャムやデザートなどの加工品、薬用としては乾燥した果実や葉を生薬にしたりする。そうすると、不思議な植物イチジクを安定的に栽培する技術が必要になる。日本でイチジクを栽培するには、雌株が必要になる。挿し木などの栄養繁殖で苗木を育てても、それが雌株になるかを判断するには時間がかかる。(公財)かずさDNA研究所のレポート"世界で初めてイチジクのゲノム配列の解読に成功"(詳細はここをクリック)に依ると、日本のイチジク栽培種"蓬莱柿"のゲノム解読により、約36,000 個の遺伝子を発見した。この中で、イチジクの育種に重要な、雌雄株の決定に関わる遺伝子候補を同定し、雌雄株を識別するためのDNAマーカーを開発した。更に、福岡県の保有する他の品種の121品種・系統を解析し、それぞれの品種や系統がもつ、特有のゲノム配列を確認した。 
 この研究に依って、早い時期に実が稔る雌株が特定できる。そればかりがイチジクの食味や大きさなど優れた品質の品種を創り出す可能性も出てきた。ところで、日本のイチジクが、突然変異で単為結果性品種となったのは、このDNA解析で説明できるのだろうか?