新交響楽団第274回演奏会 – 国民楽派の終着点

 創立70周年になる日本の代表的なアマチュアオーケストラ新交響楽団(新響)の創立70周年記念の第274回演奏会が、7月12日に池袋の東京芸術劇場 コンサートホールでが開催された。

会場の東京芸術劇場に置かれたパブリックアート

 今回のプログラムのテーマは、何時も明示はされないのだが、国民楽派と認識されている音楽だろうか。フィンランドのシベリウスと、チェコ・モラヴィアのヤナーチェックの作品3曲が取り上げられた。但し、何れも20世紀初頭の音楽なので、近代音楽の範疇に入るのかもしれない。今回の指揮者は、主にヨーロッパでの演奏活動が豐富な湯浅卓雄氏で、これまでも何度か新響を指揮している。

本演奏会のプログラム(新響によるフライヤー)

 最初の曲は、シベリウスの交響的幻想曲"ポヒョラの娘"。シベリウスは卓越した交響曲作曲家だったが、交響詩などの管弦楽曲でも幾つもの傑作を残した。シベリウスが生きた頃のフィンランドは、ロシア帝国の属国だったが、シベリウスは交響詩”フィンランディア”を作曲して愛国心を鼓舞して、ロシア革命の混乱期に独立を果たした。しかし、ロシアの圧力は絶えること無く続き、最近になって漸く中立化政策を止めNATOに加盟した経緯がある。シベリウスは政治的にも強い愛国心を持っていたが、実は別の民族主義的な音楽表現の方法も持っていた。それは、フィンランド地域に伝わる民族叙事詩"カレワラ"の存在と森林や湖などの大自然への畏敬だ。"ポヒョラの娘"も"カレワラ"に基づき作曲され、次の4つの部分から構成されている。
1.英雄ヴァイナモイネンは暗い景色の中を進むと、虹に腰掛けて金糸で布を織り上げている娘ポヒョラを見つける。
2. ヴァイナモイネンは娘に同行するように誘うが、娘は"自分が課した数々の困難な試練を果たせるような男にしかついて行かない"と答える。
3.ヴァイナモイネンは魔術を使ってこの試練を果たそうとするが、悪霊に裏をかかれて自分の斧で負傷してしまう。
4.娘は消え去り、ヴァイナモイネンは諦めて試練を投げ出し、粛々と旅を続けるのであった。
 起承転結がはっきりして、何と人間的な展開だろう。英雄ヴァイナモイネンはチェロを中心とする低音楽器で、ポヒョラはハープや木管楽器で表現され、試練の場面はフルパワーで対位法的に音楽を盛り上げ、やがてフェイドアウトする。重厚で技巧的なシベリウスならではの響を堪能できた。

 2曲目は、ヤナーチェクの狂詩曲"タラス・ブーリバ"。ヤナーチェクの故郷は、チェコのモラヴィア地方で、ドイツとロシアの勢力範囲が交わる地域だが、スラブ民族に属するヤナーチェックは親ロシア的な心情を抱いていたようだ。狂詩曲"タラス・ブーリバ"は、ロシアのゴーゴリの小説に基づく標題音楽。ウクライナのコサックの首領タラス・ブーリバは、2人の息子と共にポーランド軍との戦闘を指揮している。物語は3部構成になっており、
1.アンドレイの死:タラスの次男アンドレイは、ポーランド貴族の娘に恋心を抱き祖国を裏切った。タラスは、ロシアへの忠誠心からこれを許さず、次男を射殺した。
2.オスタップの死:タラスの長男オスタップは、父の精神を継いだ闘士であった。しかし、ポーランド軍に捕らえられ、残忍な拷問の末処刑される。タラスは変装してその場に潜入するが、思わず息子に呼びかけた。
3.タラス・ブーリバの予言と死:復讐に燃えたタラスは、コサック軍を率いてポーランドの町を焼き払い、殺戮を繰り広げた。しかし、彼もついに捕虜となり、火刑の宣告をうける。そして、"ロシアの地からツァーリが立てば、それを脅かすような力は起こりやしない"と予言し果てた。
 この物語は絶望的だ。当時はロシア主導の汎スラヴ主義が蔓延していたようだが、現在はどうなのだろうか、教条主義は良くない。音楽は、ロマンス、戦闘シーン、親子の葛藤や情愛などに応じて、目まぐるしく変化していく。タラスの雄叫びはトロンボーンで、最後の予言は金管楽器とオルガンで煽り立てる。短い旋律が次々と溢れ出て少々忙しないが、標題音楽としては楽しめたが、長大な映画音楽のようでもあった。

 3曲目は、シベリウスの交響曲第5番変ホ長調。シベリウスの交響曲は、初期の叙情的なものから始まり、中期には抑制された厳しさが加わり、後期には交響曲の枠の中には収まりきらないほど変貌を遂げている。交響曲第5番は、自身の生誕50年にあたり、その祝賀演奏会で初演される交響曲として作曲されたので、祝典的な雰囲気がある。2度の改訂を経て、全3楽章か完成した。第1楽章は、ホルンとティンパニで始まり、次第に躍動感が加わり、大自然の清々しい空気感や人間の営みを表現しているようだ。第2楽章は、ピチカートを多用した、素朴で親しみやすい変奏曲で、長閑な北欧の田園風景を思わせる。第3楽章は、弦楽器のトレモロで始まり、ホルンによって雄大な白鳥の飛行を象徴する壮大なテーマが奏でられ、クライマックスを迎える。
 新響は、じっくりと(演奏時間は約35分)、内声部の旋律を浮き上がらせるように演奏していたので、シベリウスの重厚な音楽を充分に楽しめた。シベリウスがこの曲を作曲した20世紀初頭には、交響曲の形式もロマン派の延長ではあり得ず、国民楽派も死語になりつつある。シベリウスが表現したかったのは、郷土フィンランドの自然をモチーフに、国民が共感できる音楽を書きたかったのではないだろうか。

開演前のステージ、今回はオルガンが鳴り響いた

演奏後のカーテンコールの様子