フジ - 藤棚が峻別する美と恐怖の世界
フジ(藤)は、マメ科フジ属の蔓性落葉樹。日本の在来種であり、本州、四国、九州の山野で自生する。別名のノダフジ(野田藤)は、桜の吉野、紅葉の高雄と並ぶ花の名所、摂津国野田村(現在の大阪市福島区周辺)のフジに由来する。肝心のフジの名の由来は、歴史ある植物だけあり多くの説があり、はっきりしない。その中で、中国産の種であるシナフジを中国では紫藤と表記したが、日本では本種に対し略して藤を宛てた、しかも藤とは蔓性の木本を表したものでもある…と言う説が、現代人にとっては合理的な説明のように思う。また、山に自生する本種を普通にヤマフジと呼ぶ習慣があるが、実は同属で良く似た別種で西日本に分布するヤマフジ(山藤)があり、誤用され易い。
さて、フジと言えば、住宅地の小さな公園でも、都市の植物園でも藤棚が設置され、春になると紫や白の長い花序が垂れ下がる風景を思い浮かべる。古代より、フジは観賞樹として愛でられ、園芸種も多数創出されてきた。一方、山に自生するフジには、藤棚はない。その代わりに隣接する他の樹木に巻き付き、天然の藤棚にしてしまう。巻き付かれた樹木は、フジの丈夫な蔓にきつく締め上げられ、陽当り良好な樹冠部はフジの蔓に覆われてしまい光合成もままならない。得をするのはフジばかりで、巻き付かれた方は搾取ばかりされ恐怖の世界だ。人間が藤棚を発明し、帝国主義者のフジの勢力を限定的な版図に抑え込み、観賞樹として飼いならした手法は素晴らしい。
人間との関わり合いとしては、蔓は丈夫な繊維をもつので、紙や布(藤布:庶民の仕事着)にしたり、蔓を編んで籠や椅子になったりした。また、文化的には、万葉集ではフジに関する歌が27首もあり、フジ(藤)をモチーフにした姓名、家紋、地名などに事欠かない。フジと人間の関係は密接だが、実は乱暴者のフジに、人間が勝手に片思いしているのかも知れない。

【基本情報】
・名称:フジ(藤)
・別名:ノダフジ(野田藤)
・学名:Wisteria floribunda
・分類:マメ科 フジ属の蔓性落葉木本
・原産地:日本の在来種
・分布:日本では本州、四国、九州、海外では朝鮮など
・花言葉:優しさ、歓迎、至福のとき、恋に酔うなど
■生態
フジは雌雄同株で花は両性花。山野に自生するフジは周辺の樹木に絡みつき、その樹冠まで蔓を伸ばして覆いかぶさり、勢力範囲を広げる。満開の紫色のフジが、緑の木々に囲まれても一際目立つのはそのためだ。幹は初めは草質だが、ヘビのようにくねって地表に出て、他の樹木に巻き付いて木質化する。蔓は灰褐色で皮目が目立ち、太くなると不規則に表面が隆起する。蔓は、上から見て右巻き(S巻き)で、強力に他の植物を締めつける。巻き付く先がなくなると、蔓の先端は空中を彷徨い、隣接する樹木にも巻き付く。新緑前の枝先には冬芽がつき、たまに落ち残った果皮もぶら下がっている。春になると、冬芽から葉と花が同時に展開する。葉は互生し、形状は長楕円形の小葉が左右に数対つく奇数羽状複葉だ。









■花
春になると、冬芽が開くと基部に葉が、その先に花序がつく。花序には蕾が連なるが、蕾のつけ根にある苞葉が連なり、花序全体が薄い膜で覆われたように見える。花序が伸びるにつれ、苞葉の隙間が広がり、個々の蕾が見えてくる。開花が近づくと花柄の基部にあった苞葉が落ち、蕾と5裂した萼片が現れる。花期は春から初夏で、枝の先端から長い総状花序を垂らし、上方から順に開花し多数の花をつける。





花の構造は、マメ科らしい蝶形で、花弁は、旗弁、翼弁、竜骨弁で構成されている。上部の大きな旗弁の中央部が黄色く、その直下に蜜があるので、昆虫をこれを目指して集まってくる。下部の竜骨弁とその両脇の翼弁で舟形構造をつくり、この中に1本の雌蕊と10本の雄蕊が格納されている。花を後方から見ると、椀形の萼片と大きな旗弁が目立つ。また、フジの花の色は紫色ばかりでなく、白色のものもある。フジは虫媒花であり、花期には多くの昆虫が集まる。特に、クマバチが蜜を求めて花から花へ飛び回る風景に良く遭遇する。






■果実
花が終わると、緑色の細長い若い果実が垂れ下がる。果実は豆果で、秋になると果実の表面が褐色になり始め完熟する。冬には果皮が捻れて、円くて平たい数個の種子を弾き飛ばし、自力で拡散する。果実が完熟する頃に、葉は黄葉し、やがて落葉する。また、植栽では挿し木や接ぎ木による繁殖方法もある。



■観賞樹としてのフジ
日本人が普通にフジを鑑賞できる場所は、団地の中の公園や、近所の寺社の境内に設置されている藤棚ではないだろうか。より本格的にフジの花を観賞するには、全国各地にあるフジの名所を尋ねると良い。花序が長く、花の色も鮮やかで見応えがあり、藤棚のスケールも大きい。神代植物公園のバラ園に沿って熱帯温室に通じる通路があるが、その頭上に藤棚が設置されていて、通路を進んでいくと頭上に垂れ下がるフジの種類が次々に変化し、フジのトンネルの中を歩いているような気分にさせてくれる。また、栃木県のあしかがフラワーパークにある大藤は、足利市内の区画整理のため伐採寸前だった樹齢130年フジの移植を、日本初の女性樹木医である塚本こなみ氏がプロジェクトに挑んで成功し、現在では藤棚は600畳分まで広がった。ドキュメント番組も作られたので記憶してる人も多いと思う。実際に見てみると、巨大で得体のしれない生命体に遭遇したような不思議な感動をおぼえる。




■フジと日本人
フジは伝統的な実用性や文化の面で、日本人と深い関係を築いてきた。最近では、生理学的な分野でもフジの効果が注目されている。日本人を含む研究グループが"フジ(Wisteria floribunda)凝集素結合糖鎖の胆管癌の発癌および転移における役割"を公表し、胆管癌治療への有用性を示した(詳細はここをクリック)。ゴルジ体と呼ばれる細胞内小器官で、タンパク質に糖鎖が付加されると、様々な機能が発現する。このとき、異常な糖鎖修飾が生じると、腫瘍の進行と治療抵抗性を促進する重要な因子になる。本研究では、フジ凝集素(WFA)を用いて、胆管癌(CCA)におけるWFA結合糖鎖(WFAG)の発現を調べた。その結果、WFAGはヒトCCA組織の前癌病変および癌病変で高頻度に検出されたが、正常胆管ではほとんど検出されなかった。このため、WFAGがCCAの発癌および転移に関与していることを明らかにし、CCA治療のマーカーとなる可能性を示した。また、別の研究ではフジ凝集素(WFA)が卵巣明細胞癌のマーカーになるとの研究成果もある(詳細はここをクリック)。これらは、フジと人間の新たな関係を築くものであり、今後の発展に期待したい。


