ナガミヒナゲシ – 未だ数十年のお付き合い
ナガミヒナゲシ(長実雛芥子)は、ケシ科の一年草または越年生植物。原産地は地中海沿岸だが、帰化植物として欧州、北アフリカ、西アジア、オセアニア、南北アメリカ、日本などに広く分布している。名の由来は、見ての通りで果実(芥子坊主)が細長いため。日本には、輸入穀物などに紛れて渡来したらしく、1961年に東京都世田谷区で初めて確認され、2000年以降に急速に拡散し、現在では全国各地の道路沿いや農地で自生している。この強力な繁殖力は、土壌を選ばず、大量の種子を生産し、人の靴裏や自動車のタイヤに付着して彼方此方に拡散するためらしい。ウェブを閲覧すると、多くの自治体が、生態系に大きな影響を与える外来植物として、危険性の周知と駆除の協力を呼びかけている。また、葉や茎にアルカロイド系の成分が含まれており、素手で触ると皮膚がかぶれたり、ただれたりすることもある。更に、周辺の植物の生育を阻害する成分を分泌し(アレロパシー作用)、排他的な性格もある。良い点が殆ど無いナガミヒナゲシだが、こんもりと繁った緑の葉の中から長い花柄が伸び、橙色の花が風に揺れる姿は美しい。黄色いタンポポ、紫色のオオアラセイトウ、そして橙色のナガミヒナゲシが揃うと、春になった気分になる。未だ、日本人とナガミヒナゲシの付き合いは数十年足らずだが、その評価は複雑だ。

【基本情報】
・名称:ナガミヒナゲシ(長実雛芥子)
・別名:ナガミノヒナゲシ(長実の雛芥子)、英名:Long-headed poppy、Field poppy
・学名:Papaver dubium L.
・分類:ケシ科 ケシ属の一年草または越年草
・原産地:地中海沿岸
・分布:欧州、北アフリカ、西アジア、オセアニア、南北アメリカ、日本などに帰化
・花言葉:平静、慰め、癒やし
■生態
ナガミヒナゲシが民家の庭や公園の植え込み、空き地や道路沿いなどに群生するのは、人間の活動を利用して種子が拡散するためだ。また、温暖で日当たりが良い場所なら土壌の種類を選ばないので、コンクリート舗装された道路の隙間からでも生育する。種子は晩春から初夏に出来るが、発芽には2通りのケースが有る。1つは、秋に発芽してロゼット葉を形成し、そのまま冬を越すケース(越年草)。もう1つは、地中で種子の状態で冬を過ごし、春になって発芽し根生葉を出すケース(一年草)。 根生葉の軸は四方八方に広がり、葉には切れ込みがある。やがて中心から茎が直立し、草丈は15~50cm程度になり、茎は分岐しながら葉をつける。茎につく葉は、羽状に深く切れ込んだ形状になり、葉は茎を抱かずに繋がる(cf.茎を抱き込むものは麻薬成分を含む栽培禁止のソムニフェルム種など) 。茎や葉には、細かな毛が生えている。蕾や花、果実を支える花柄は直立して長く伸び、葉の腋から伸びる。






■花
長い花柄に先に蕾がつく。蕾は楕円体で、長い毛に覆われた萼に包まれ、当初は下向きに垂れる。開花が近づくと、蕾は上方を向く。花は両性花で、橙色の4枚の花弁の中央に、多数の雄蕊と、雌蕊に相当する柱頭盤がある。開花すると、蕾を覆っていた萼は落ちる。子房の上部にできた柱頭盤には、放射線状に8本程度の黄色い柱頭が並ぶ。両性花であり、昆虫による他家受粉もありうるが、基本は自家受粉であり、これも強力な繁殖力を実現する一因だ。花が終わると、花弁が落ちて雄蕊が枯れ、果実の生育が始まる。






■果実
長い円柱形をした果実は熟成するにつれ、緑色から灰白色に変化する。未熟な果実の中には、白い種子が多数含まれる。果実は完熟すると、柱頭盤だった放射線模様の蓋の下の8か所程度が僅かに開口し、風に揺られるとその開口部から小さな種子がこぼれ落ちる。1つの果実の中には、約1600粒もの種子が含まれる。種子の表面は黒く多数の凹凸があり、この形状が散布された時に付着し易さに役立つのだろうか。





ここで、何故ナガミヒナゲシの繁殖力が強いのか整理しておく。
・多量の種子:果実に1600個の種子が内蔵し、1株に100個の果実をつけると、1株で16万個程度の種子をつくる。
・自家受粉可能:昆虫による他家受粉が無くても結実可能。
・発芽容易性:秋に発芽し冬をロゼット葉で越すものと、春に発芽するものもある。また未熟な果実の種子でも発芽は可能。
・耐環境性:陽当りが良ければ土壌を選ばず、過酷な都会のコンクリート道路脇でも自生可能。
・排他的生育領域確保:アレロパシー作用により、周りの他の植物の生長を妨げる物質を発生。
・人間社会との親和性:靴底やタイヤに付着したり、工事などで土砂を移動した場合に、種子が運ばれ自生地が広がる。
ただ、ナガミヒナゲシは根などからの栄養繁殖はしないので、種子さえ拡散しないように管理すると、爆発的な繁殖は制御できそうだ。日本で現在指定されている特定外来品種はアレチウリやオオキンケイギクなど12種あるが、これらに準ずる位置付けになっている。
■ヒナゲシの仲間
ケシ科ケシ属の中には、麻薬成分を含み法律で栽培が禁止されている所謂"ケシ"と、より小型で麻薬成分を含まず合法的に栽培可能な"ヒナゲシ(ポピー)"に分類される。ナガミヒナゲシは後者に属す。ヒナゲシには多くの種類があり、日本では園芸用として栽培されている。代表的なものは、ヒナゲシ(雛芥子、別名:虞美人草)は欧州原産で花色は赤、アイスランドポピー(別名:シベリアヒナゲシ)は花色は朱色、黄色、白など、モンツキヒナゲシ(別名:ポピー・レディバード、ピエロ)は赤い花弁に黒の斑点があり、シャーレーポピーは欧州原産で花色は赤、白、ピンクなど、ハナビシソウ(花菱草、別名:カリフォルニアポピー、これはケシ科だがハナビシソウ属)は花色はオレンジ色。これらの園芸種のヒナゲシと比較すると、自生するナガミノヒナゲシは地味で野性味を強く感じる。





■ナガミヒナゲシと日本人
ナガミヒナゲシが日本に定住して数十年来、特定外来品種に準ずる雑草として扱われてきた。従って、ナガミヒナゲシに対する日本人の感情は否定的なものだと思っていた。ところが、1961年生まれの現代歌人やすたけまり氏は、2009年に"ナガミヒナゲシ"で第52回短歌研究新人賞を受賞した。この作者が生まれた年には、ナガミヒナゲシが全国的に拡散を始めていたので、身近な植物だったのだろう。文学と言う手段で、ナガミヒナゲシの実態を、客観的に表現する手法に驚いた。その中の幾つかの詩歌を列挙する。【】は念のための注記したもの。
・ちいさくてかるいからだはきづかれずきずつけられず運ばれてゆく 【種子の移動】
・そらのみなとみずのみなとかぜのみなとゆめのみなとに種ははこばれる 【種子の拡散路】
・夥という字を書いてみつめる実のなかにぎっしりとある意思をみつめる 【大量の種子による繁殖力】
・砂時計はんぶんにした実のかたち国道沿いに殖えてゆくもの 【果実の形と道路沿いの繁殖】
・ゆれていたニワゼキショウもスズガヤも酒屋のあかい煙突の下 【本種の周辺の雑草風景】
・なつかしい野原はみんなとおくから来たものたちでできていました 【日本の野原は外来種だらけ】
・その年にどこからかわたしも着いた陸半球の縁ぎりぎりに 【1961年に日本に渡来】
・ある年の数字がならぶ「ナガミヒナゲシ 発見」と検索すれば 【自治体の駆除PR活動】
作者はナガミヒナゲシに成り切って自然界に身を置き、日常の出来事や繁殖地の野原の風景、そして人間社会の反応を楽しんでいるようだ。科学的にも同じ内容は表現できるが、なかなか心に残らない。これらの詩歌に、多くの日本人が興味を示すと、ナガミヒナゲシの自然界や人間社会との関係が良い方向に進むのかも知れない。


