オオイヌノフグリ - 気高い星の瞳
オオイヌノフグリ(大犬の陰嚢)は、オオバコ科クワガタソウ属の越年性の雑草。外来種で、西アジア、あるいはヨーロッパ原産で、アジア、南北アメリカ、オセアニア、アフリカで外来種として定着している。春先に、緑の絨毯の上に点々と小さなコバルトブルーの花を咲かす様子から、"星の瞳"の別名もある。学名の"Veronica persica"は、ペルシャのヴェロニカの意味で、ゴルゴダの丘を十字架を担いで登るキリストを哀れみ、額の汗を拭くため身につけていたヴェールを差し出した聖女ヴェロニカに由来する。このように気高い存在であるのにも拘らず、日本での名称は"大犬の陰嚢"、何という落差。良く似た在来種のイヌノフグリ(犬の陰嚢)より、単に花や葉が大きかったため命名されたため。明治初期にヨーロッパから渡来し、明治20年に牧野富太郎博士などによって東京で"発見"され、寒暖に強いため、日当たりの良い空き地や道端、田畑の畔などに生育し、大正時代には北海道から沖縄まで日本全国に拡散した。環境省などが指定する侵略的外来種にはなっていないが、自家受粉も可能で、越冬能力も優れ、繁殖能力が高い。日本の在来種イヌノフグリとの分布の版図を逆転した程だ。しかし、日本人が注目するのは、春の"星の瞳"の短期間だけで、それが過ぎると密かに雑草に紛れてその存在さえ忘れてしまう。一体どんな生活をしているのだろうか。

【基本情報】
・名称:オオイヌノフグリ(大犬の陰嚢)
・別名:ホシノヒトミ(星の瞳)、ルリカラクサ(瑠璃唐草)、テンニンカラクサ(天人唐草)
・学名:Veronica persica
・分類:オオバコ科 クワガタソウ属の越年草
・原産地:西アジア、あるいはヨーロッパ
・分布:アジア、南北アメリカ、オセアニア、アフリカに外来種として定着
・花言葉:神聖、信頼、清らか、信頼など、聖女ヴェロニカに由来
■生態
オオイヌノフグリは越年草。暑い夏は地中で種子で過ごし、秋に芽を出して、寒い冬には葉を横に広げて年を越し、早春に多数の花を咲かせ、晩春には枯れてしまう。夏の間は種子で過ごす。冬の雪と霜に耐えるため、葉や茎には短い毛で覆われて保温する。春になると、茎は地面を這って横に伸び、先端部分が立ち上がる。茎の全長は10~30cm程度になる。葉や茎などの全身の表面は、細かな毛で覆われている。茎に対する葉のつき方は、茎の下方では対生するが、上方では互生し、茎の先端部の葉の密度は高い。葉は卵形で、粗い鋸歯があり、表面には毛が疎らに生えている。







■花
茎の先端は、花や葉の成長点にあたり、その部分の葉の腋から蕾が出てくる。蕾の花柄は葉より長く成長し、その先に4裂した萼を介して花がつく。 花冠も4裂するが基部でつながっている。花色はコバルトブルーが多いが、稀に青みがかった白い花もある。花の構造は、中央に雌蕊があり、その外側に2本の雄蕊があってその先端の葯に白い花粉がつく。花は太陽の光によって開閉し、ほぼ1日で落花する。オオイヌノフグリは虫媒花だが、雌蕊と雄蕊の位置が近いので、他家受粉のみならず自家受粉も起こりうるが、自家受粉による近交弱勢はないか非常に小さいと言われている。運悪く、昆虫による受粉の機会が無くても、一日花の寿命が尽きる夕方が近づくと、左右の雄蕊が内側に曲がり雌蕊に触れ、自家受粉が可能になる。種子によって増えるが、如何なる状況にも対応可能で、高い繁殖能力を誇る。 やがて花が終わると花弁が落ち、雌蕊と萼が残って子房が膨らんでいく。花期は2~5月と長く、その間は絶えず新たな花が咲き続ける。









■果実
個々の花が順次果実になるので、茎の先端に花がある場合でも、茎の下方には生育した果実が並ぶ。果実は扁平なハート形で細かな毛に覆われ、萼や雌蕊の痕が残る。この形状が犬の陰嚢に見立てられ、名称由来になった。果実は蒴果で、内部に小さな種子が含まれ、やがて地面に落下する。このため、遠隔地には運ばれず、その場所で群生地を造ることが多い。



■オオイヌノフグリと日本人
日本人にとっては、オオイヌノフグリは雑草として認識されているため、大して利用価値はないと考えられている。しかし、海外の例も含めて調べてみると、なにがしかの利点もありそうだ。園芸に関しては、管理に手抜きはできないが、庭や花壇のグランドカバーになる。民間薬に関しては、乾燥させてからお茶にすると、口内炎やのどの痛みにも効果がある。食用としては、若い葉や花には多少甘みがあり、サラダや付け合せになること。そして、自然界に対しては、未だ寒い早春から昆虫が花の蜜や花粉を求めて訪れ、次世代に命をつなぐことなど。
更に最近、オオイヌノフグリ原産地のイランの研究者らが、ヘルペス(皮膚や粘膜の水疱やただれ)ウイルスに対する抗ウイルス活性を見出し、その成果"Antiviral activity of Veronica persica Poir. on herpes virus infection"を学会誌に公開した(2018年、詳細はここをクリック)。ヘルペスに対する既存の抗ウイルス薬はあるが、副作用などの課題があり、植物由来の安全性とコスト面で優れた抗ウイルス候補の出現が注目されていた。本研究では、オオイヌノフグリ(Veronica persica)の抽出物、特に80%メタノール抽出液が口唇ヘルペスなどの単純ヘルペスに対して強い抑制効果を持ち、既存薬との併用による相乗効果も確認されたことから、天然由来の抗ウイルス剤としての有望性を示した。今後の詳細な作用機序解明や臨床応用に向けた研究が期待される。 民間療法としてのお茶の効果が、今回は科学的に追求され、抗ウイルス剤への進化ヘ繋がった興味深いトピックスだと思う。


