ヤブカンゾウ - 不思議な忘れ草
ヤブカンゾウ(藪萱草)は、公式にはツルボラン科ワスレグサ属の多年草。従来は形態的観点からユリ科に分類されていた。DNAなど分子系統解析に基づくにAPG分類によって、ススキノキ科となり、更にツルボラン科に変更されたが、これらの科の植物は日本には自生しないので、日本ではワスレグサ科という和名が提唱されている。このワスレグサ(忘れ草、Hemerocallis fulva)とは、カンゾウ(萱草)とも呼ばれ、ヤブカンゾウの一重咲き種とも呼ばれるノカンゾウ(野萱草)や、ニッコウキスゲなどのゼンテイカ(禅庭花)群も含まれる。分類学的には複雑だ。
また、出自も怪しい。ヤブカンゾウは有史以前に中国から渡来したのが通説であるが、中国にはヤブカンゾウはなく、その母種のホンカンゾウが自生するため、中国では朝鮮か日本が原産地だとの説もある。ヤブカンゾウは、日本では北海道から九州まで分布し、やや湿った野原や藪などで、初夏に橙赤色の花を次々に咲かせ続ける。しかし、一つの花の寿命は短く、一日花と呼ばれる程だ。
花の構成も不確定要素が多い。ヤブカンゾウは八重咲きだが、中心部の花弁は雄蕊や雌蕊が変化したもの言われている。変化した花弁の数もまちまちだし、時々見かける花弁に雄蕊の葯が埋め込まれた奇妙な姿にはインパクトがある。花は、どれ一つとして同じものはなく、ユニークな存在だ。また、八重咲きの宿命か、花後に結実することはないので、文字通りの徒花だ。
古くからの自生種であるためか、食用として若い芽を和え物や煮物、天ぷらにしたり、薬用として乾燥した根を利尿、乾燥した蕾を解熱に利用した。また、文化的には"悲しみを忘れる草(忘れ草)"としての象徴的な意味合いがあり、万葉集や今昔物語の時代から登場している。

【基本情報】
・名称:ヤブカンゾウ(藪萱草)
・別名:ワスレグサ(忘れ草)、オニカンゾウ、カンゾウナ
・学名:Hemerocallis fulva var. kwanso
・分類:ツルボラン科(またはワスレグサ科)ワスレグサ属の多年草
・原産地:中国か
・分布:日本では、北海道から九州まで
・花言葉:愛の忘却、悲しみを忘れる、憂いを忘れる、一夜の恋
■生態
八重咲きのヤブカンゾウは、八重咲きの山吹と同様に、染色体が3倍体のため結実せず、種子繁殖はできず、地下で匍匐茎(ランナー)を拡げて、栄養繁殖をする。このため、ヤブカンゾウはこの特定の領域内で群生する。地表には数枚の扇型に広がった葉と、長い花茎が直線的に出る。葉は地表付近では折り畳まれて重なっているが、上部では重なり部分が解け、葉脈は平行脈で、葉の先は自然にしなって垂れる。一方、花茎の断面は円形で硬く1m程度まで直線的に伸び、その先に集散花序をつける。




■花
花の特徴を説明するに当たり、参照用に同属の一重咲きのノカンゾウ(野萱草)の花の構造を示す。花被片は6枚あるが、外側のやや幅が狭い3枚の外花被片が萼片に、内側の幅広の3枚の内花被片が花弁に相当する。花の中央に雌蕊が1本、その周辺に6本の雄蕊が並ぶ。どの花も同じ構造だ。

ヤブカンゾウの花は、長い花茎の先に花序をつくる。楕円体の形状をした蕾は、萼片に包まれて緑色から橙色に変化しながら成長していく。やがて、花序の下方から開花が始まる。開花した花の構造を下方の花茎側から見ると、花茎とは短い花柄とそれに続く少し長い筒部を介して6枚の花被片にたどり着く。そのうち、細目の3枚が萼片で、太目の3枚が花弁であり、ここまでは一重咲きのノカンゾウと同じ構造だ。視点を上に移すと、花の基部にある6枚の花被片の上に、複数の花弁や雄蕊、場合によっては雌蕊を含む構成要素が搭載されている。これらの構成要素間の数理的な条件も、形状的な制約は無いので、雑然としながらもボリューム感のある印象を与える。この構成は、個々の花によって異なるのが特徴だ。



ヤブカンゾウが八重咲きになるのは、蕊が花弁化した結果と言われる。その証拠として、雄蕊の花糸と葯に沿って花弁のようなものが癒着している様子は観測できた。ヤブカンゾウの花には、長く大きな6本程度の雄蕊の他に、基部にはそれより短い多数の雄蕊が存在するが、これらが雄蕊の花弁化に寄与するのだろうか? しかし、この奇妙な造形はそれほど多いわけでない。八重咲きに寄与している花弁の中には、蕊の形跡が見当たらないものも多数ある。ヤブカンゾウの花は一日花と言われるほど短命なので、開花後に蕊の花弁化が進むとは考え難い。開花前に植物の体内で、どのような花のデザインにするか、予めプログラムが組まれているのだろう。この点も不思議だ。


八重咲きのヤブカンゾウの曖昧模糊とした花の構造を調べてきたが、その幾つかを眺めてみよう。




花が終わると、果実はつくらず、枯れ落ちる。初夏の野原で輝いていた橙赤色の花は、何も残さない。忘れ草の意味合いを思い出し、喪失感が身に沁みる。

■ヤブカンゾウと日本人
ヤブカンゾウは野生植物として自生していたので、人間がわざわざ生育に手を貸すことはなかった。カンゾウ類(ヤブカンゾウ、ノカンゾウ)を農作物と想定し、農作業を施したときに、どのような特性を示すかを調査した論文がある。日本大学の研究グループによる"農的な畦畔管理に対するカンゾウ類の反応"だ(詳細はここをクリック)。要旨は、【カンゾウ類は、水田のあぜなどに生育する植物であり、一般的な農作業を想定して、草刈り耐性と、表土を撹乱しての栄養繁殖耐性を調査した。草刈り耐性は強く、5月に成長が最も旺盛であった。しかし、表土の撹乱はカンゾウ類の繁殖に大きな影響を与えることを確かめた。】
結論としては、カンゾウ類は人手を加えず放置しておけば毎年芽を出すが、開発行為などで生育領域の表土を荒らすと生存が危ぶまれるということか。決してタフと言えないこの雑草にとっては、有益なガイドラインだ。


