ヒガンバナ - 拡散する多様なイメージ
ヒガンバナ(彼岸花)は、ヒガンバナ科ヒガンバナ属の多年草。中国大陸原産で、日本では史前帰化植物として全国各地に分布するが、北海道や東北地方北部では自生は厳しいらしい。ヒガンバナと言えば、秋のお彼岸の頃に、赤い鮮やかな花を咲かせる。南北に長い日本列島でも、ほぼ一斉に開花するのは、絶対的な温度にではなく、夏から秋への温度差に反応するためらしい。
花期のヒガンバナは、花茎の先端に数個の花が放射状に輪を描くように集まり、それぞれの花が大きく反り返った長い花弁を持つので、花序全体になるとかなり大きく感じる。そして、この時期には花茎には葉がつかないので、花だけが空間に浮いているような不思議な印象を与える。葉は、秋の開花後に生え始め、冬から春にかけて成長して、翌年の初夏に枯れる。この間に光合成で貯めた養分は地下の球根(鱗茎)に蓄えられる。日本のヒガンバナの染色体は3倍体なので不稔性で、折角鮮やかな花を咲かせても種子は出来ず、地下の鱗茎だけで繁殖する。群生する場所は人によって決められ、主に水田の畦道や墓などに植栽される。これは、ヒガンバナが有毒成分アルカロイドを含み、虫除けやモグラなどの小動物の侵入を防ぐなど、ヒガンバナの特性を利用したからだ。
このように変わった生活史も持つヒガンバナは、人々に様々な印象を与える。別名の曼珠沙華(マンジュシャゲ)は、サンスクリット語で"天界に咲く赤い花"を意味し、仏典では吉兆を表す。また、秋の彼岸に咲き、有毒であることから、死人花や灯籠花、墓花、地獄花、幽霊花など不吉な別名も多い。かと言えば、花と葉が同時に見られないことから、ハミズハナミズ(葉見ず花見ず)との即物的な別名もある。日本人のヒガンバナに対する思いは様々だ。
有用性の観点からは、かつては有毒成分を水で晒して救飢植物として食料としたり、鱗茎は生薬の石蒜(せきさん)にしたりした。文化的には、鮮やかな花や、毒性や死のイメージが交差し、創作意欲を刺激している。秋の季語とする俳句や、音楽や映画、小説などにも度々登場する。やはり、何か特別に気にかかる植物である。

【基本情報】
・名称:ヒガンバナ(彼岸花、石蒜)
・別名:曼珠沙華(マンジュシャゲ)、カミソリバナ(剃刀花)、シビトバナ(死人花)、トウロウバナ(灯籠花)、ハミズハナミズ(葉見ず花見ず)など
・学名:Lycoris radiata (L'Her.) Herb.
・分類:ヒガンバナ科 ヒガンバナ属の多年草
・原産地:中国大陸
・分布:日本では史前帰化植物で、日本全国に分布
・花言葉:情熱、独立、あきらめ、再会、悲しい思い出、旅情
■生態
秋の彼岸が近づくと、地下にある鱗茎から花茎が急速に伸び、その先に蕾をつける。このときには、葉はまだ出ていないので、直立した細い花茎だけがやけに目立つ。やがて散形花序に出来た蕾が開き始めるが、花はわずか1週間程度の寿命だ。花が枯れた直後に、深緑色の線形の葉が地上に現れる。葉は、冬にも光合成を続けながら群生し、初夏に枯れるが、その間には栄養分を地下の鱗茎に貯める。花の時期は一瞬だが、1年の殆どの期間は、群生した草の状態で過ごす。




地表から花茎が伸び始めたときには、既にその先端に苞葉に包まれた蕾の集団がある。やがて、苞葉が破れ、散形花序を構成する数個(5~10程度)の蕾が分離する。同じ花序の中にある花は、ほぼ同時に開花する。開花した散形花序を上から見ると、数個の花が輪を描くように放射線状に並んでいる。下から花序を見ると、花茎と花柄の接点には、枯れた苞葉が残る。





一つの花の構造は、反り返った花被片が6枚あり、基部から雄蕊6本と雌蕊1本が長く伸び、花被片のかなり外側まで突き出し、立体的に見える。満開になると、花被片や雄蕊、雌蕊が幾重にも重なり、ボリューム感のある赤い塊になり、見事な景観を創り出す。埼玉県日高市にある巾着田は、高麗川の蛇行した氾濫原に、上流からヒガンバナの鱗茎が漂着して自生地となったと言われている。人手を介さずに群生地となったが、現在はボランティア団体が保護活動を続けている。



■果実
日本のヒガンバナも花が咲けば密を出すので、それを求めてチョウやハチなどの昆虫が集まる。しかし、昆虫が花粉を運んでくれても、日本のヒガンバナは不稔性なので果実は出来ない。花が枯れると、若い果実が出来るが、それが成長することはない。これでは、ヒガンバナはお人好しの利他主義者だ。エネルギーの無駄遣いのように思うが、過去に獲得した遺伝子をそのまま維持するためのルーチンなのだろうか? 鱗茎によって繁殖は出来るので、そのようなことは、ヒガンバナにとっては大した問題でないのかもしれない。


■白いヒガンバナ
赤い花のヒガンバナの群生の中に、形状は同一で白い花のものを見かけることがある。日本のヒガンバナは不稔性であり、自然交配では出来ないので、突然変異で白いヒガンバナが生まれた考えるのが妥当だろう。しかし、園芸の世界では、2倍体で稔性のあるどうしの中国原産のコヒガンバナと、 ショウキズイセン(鍾馗水仙)を交配して、新たな品種シロバナマンジュシャゲ(白花曼珠沙華、別名白花彼岸花)を創り出した。花色は、白地にピンクや黄色の筋が入り、純白にはならないらしい。素人目には、白いヒガンバナとシロバナマンジュシャゲを見分けるのは、結構難しいと思われる。



■ヒガンバナと日本人
日本人にとってヒガンバナは、ちょうど秋の彼岸に咲き、死人や墓場を連想させ、しかも有毒なので、おどろおどろしい印象が定着している。
ところが最近、ヒガンバナの有毒物質アルカロイドに関して、新たな有用な酵素に関するの研究成果が報告された。富山大学の研究グループによる"ヒガンバナアルカロイド生合成中間体メチル化酵素の生成物特異性に関わる機構を解明"だ(詳細はここをクリック)。ヒガンバナがつくるアルカロイドの合成に関わるメチル化酵素の構造と機能を解明し、特定の酵素に変異を導入することで、天然には存在しない"m位専用メチル化酵素"の創出に成功した。これにより、抗がん活性が期待される稀少アルカロイド(例:シュードリコリン)の合成が可能になり、新たな創薬の開発に貢献する可能性が拓けた。
この研究が実用化された折には、ヒガンバナのイメージがポジティブなものに変わっていくことを期待している。


