ヤブラン - 自然でも園芸でも人気者
ヤブラン(藪蘭)は、かつてはユリ科に分類されていたが、現在ではキジカクシ科ヤブラン属の多年草。東アジアの原産で、日本の在来種でもある。ヤブランは、山野では樹木の藪の中で下草として自生し、人里では庭のグランドカバーや田畑の境界領域などに植栽され、何処でも良く見かける存在だ。夏になると、淡紫色の小さなランのような花が穂のように咲き、秋になると緑色から黒色に変化した球形の果実が鈴なりになる。草丈は数十cm程度だが、なかなか個性的な姿だ。実用的には、太く肥大した根が"大葉麦門冬"として、咳止めや滋養強壮などの漢方薬となる。文化的には、万葉集には"山菅"の名で登場したり、現代でも初秋を季語として詩歌に歌われている。園芸の世界では、品種改良によって葉に斑の入ったものが作り出されたり、最近ではサマームスカリとかリリオペ(ギリシア神話のニンフの名)などの異国風の横文字名がつけられ、園芸植物としても人気がある。

【基本情報】
・名称:ヤブラン(藪蘭)
・別名:ヤマスゲ(山菅)、ノシメラン(熨斗目蘭)、サマームスカリ、リリオペ(ギリシア神話のニンフ)
・学名:Liriope muscari
・分類:キジカクシ科 ヤブラン属の多年草
・原産地:東アジア(日本、中国、朝鮮など)
・分布:日本では全国各地、主に関東以西
・花言葉:謙虚、忍耐、隠された心
■生態
ヤブランの根は太くて短く、所々で肥大する。ヤブランは、種子による繁殖の他に、この株による栄養繁殖も可能だ。このため、ヤブランは群生をつくり易い。株元から、根生葉が出て周辺に広がる。根生葉は、濃緑色で厚く光沢があり、線形で細かな葉脈があり、先は垂れる。株の葉の間から花茎が立ち上がり、花茎の上部に穂のように多数の淡紫色の小さな花をつける。この花序は、花茎と花の間には短い花柄があるので、ややこしいが花序としては総状花序となる。




■花
初夏になると、総状花序についた蕾が開き始める。花は両性花で、開花すると、黄色い葯のついた雄蕊が6本、雌蕊が1本あり、6枚の花被片がある。花被片は楕円形だが、大きさが異なる。花柄に近い3枚の小さなものが外花被片で萼片に相当し、その上の大きい3枚が内花被片で花弁に相当する。花序の中の花は三々五々咲き始めるようで、開花順序には規則性は無いようだ。花が終わり、花被片や雄蕊が落ちると、子房が成長する。子房には6つの胚珠があるが、この一部が見えてくる。





ヤブランの花は両性花なので、個々の花が密を出し、昆虫を集め、花粉を運んでもらう。ハチやチョウはそれが目的だろう。しかし、小さな花の中でうごめく微小な虫もいる。あまりにも小さいので正体不明だが、樹液を吸ったり、花を食べたりしているのだろうか。



■果実
ヤブランの子房には6つの胚珠があり、このうち通常は2~4個が果実になると言われている。果実は、最初は黄緑色だが、次第に緑色、更に黒味が加わり、完熟すると黒くなる。果実は蒴果だが、果皮は薄くて脱落し、種子がむき出しになっている。冬になっても少し萎びた果実が残ることがある。熟成した果実は鳥の食料となり、種子が拡散される。





■園芸用改良種 フイリヤブラン
フイリヤブラン(斑入り藪蘭)はヤブランの園芸品種。ヤブランと較べると、葉が少し幅広くなって、葉の縁が黄白色になる。これだけでも、多少優雅に感じる。庭園に植栽されている。

■近縁種 ヒメヤブラン
ヒメヤブラン(姫薮蘭、学名:Liriope minor)は、ヤブランと同属だが、別の植物。ヤブランより小型で、花序につく花の数は少なく疎らで、花茎は葉より短く、繊細な印象を与える。ヤブランは日陰を好むが、ヒメヤブランは陽当りを好む。個体数は、当地ではヤブランよりかなり少ないと思う。

■ヤブランと日本人
ヤブランは、自然の中では山野の下草として、人里の田畑の畝や庭ではグランドカバーとして生存している。これには正当な理由があるのだろうか?
東京農工大学の研究グループが "アレロパシーで栽培を助ける -アレロケミカルの利用-" の中で、興味深い実験成果を報告している(詳細はここをクリック)。アレロパシーとは、植物が放出する化学物質(アレロケミカル)が他の生物に、阻害的にあるいは促進的な作用を及ぼす現象だ。この研究は、持続可能な農業のために、雑草抑制などを目的としている。 被覆植物(グランドカバー)として定評のある7種(ヤブラン、クリーピングタイム、シバザクラ、ヒメイワダレソウ、マツバギク、リュウノヒゲ、ベニーロイヤルミント)を選定し、大学構内で5年間栽培し、雑草抑制効果を確認した。この中で、5年目にはヤブランが最も良い結果を出し、そのアレロケミカル成分を特定した。これにより、農薬や植物調整剤の開発や、被覆植物を活用した環境保全型農業を推進する…との主旨だ。
この研究結果によると、ヤブランが生息している周辺には、他の雑草が生え難く、グランドカバーとして機能していることが証明された。ヤブランは見目麗しくもあり、有用植物でもあるので、最早雑草と呼ぶには、おこがましいのかもしれない。


