オニグルミ - 人間も動物も大好物

 オニグルミ(鬼胡桃)は、ブナ目クルミ科クルミ属の落葉高木樹。日本の在来種で、樹高は20m程にもなる高木で、湿気のある水辺や山野に自生する。ブナ目の植物に多い風媒花なので花の構造は簡素であり、しかも高い枝先につくので、その存在に気がつく機会は少ない。秋になって漸く枝先より栄養価の高い果実が落下し、野生動物のみならず、縄文時代より日本人の食用として利用されてきた。また、木材は狂いが少なく加工性も良好なので"ウォールナット"として、家具や彫刻材として活用された。薬用としては、種子を生薬"胡桃仁(ことうじん)"として、喘息や便秘に薬効があるとされている。最近では、果実の硬い殻をゴムに混入した冬用のスタッドレスタイヤが話題になった。オニグルミと言えば、ほぼ果実のみが注目を浴びているが、生物としての生活史はどのようなものだろうか。

若い果実 (‎2024‎年‎6‎月‎5‎日 東京都薬用植物園)

【基本情報】
 ・名称:オニグルミ(鬼胡桃)
 ・別名:オグルミ、クルミ、カラフトオニグルミ
 ・学名:Juglans mandshurica var. sachalinensis
 ・分類:ブナ目 クルミ科 クルミ属の落葉高木樹
 ・原産地:日本、サハリン
 ・分布;日本国内では、北海道から九州までで、屋久島が南限
 ・花言葉:あなたに夢中、至福のとき

■生態
 冬に落葉すると、オニグルミの樹形が良く分かる。幹は直立せず、中程から横や斜めに大胆に分岐し、樹形は上にも横にも広がる。幹の分岐には規則性はなく、どの方向にも伸びて、太い枝につく小枝の広がりは小さく、樹形に影響を与えない。幹は暗灰色で、若い幹には縦線の模様が入るが、古い幹の樹皮には縦の割れ目が入る。

幹は途中から横や斜めに大胆に分岐し、樹形は上にも横にも広がる (‎2025‎年‎3‎月‎23‎日 所沢市)

幹の分岐には規則性はなく、どの方向にも伸びていく (‎‎2025‎年‎1‎月‎11‎‎日 所沢市)

幹の分岐には規則性はなく、どの方向にも伸びていく (‎‎2025‎年‎1‎月‎11‎‎日 所沢市)

幹は暗灰色で、樹皮に縦の割れ目が入る (‎2025‎年‎1‎月‎11‎日 所沢市)

 冬の枝先や側面には、楕円体が突き出したような冬芽が所々についている。やがて春になると、ここから新葉や花序が伸びてくる。また、冬芽の近くには、前年の葉が落ちたときに出来る葉痕があるが、この形を見るとついつい羊の顔を想像してしまう。

枝の先についた冬芽 (‎2025‎年‎1‎月‎11‎日 所沢市)

冬芽の下方には、羊の顔の形をした葉痕が並ぶことがある (‎2025‎年‎3‎月‎23‎日 所沢市)

 春になると、冬芽から若葉が芽生え、展開を始める。葉は枝に互生し、葉の形状は奇数羽状複葉となり、大型で良く目立つ。複葉を構成する小葉は4~10対程度あり、葉縁には鋸歯があり、葉柄は短い。

冬芽から、若葉が芽生える (‎2025‎年‎5‎月‎7‎日 東京都薬用植物園)

展開を始めた若葉 (‎2025‎年‎4‎月‎29‎日 所沢市)

葉は奇数羽状複葉となり、枝には互生する (‎2025‎年‎5‎月‎7‎日 東京都薬用植物園)

小葉の葉縁には鋸歯があり、葉柄は短い (‎2025‎年‎5‎月‎7‎日 東京都薬用植物園)

 また、オニグルミは雌雄同株の植物だ。雄花は長い尾のような花序を枝から大量に垂らすので分かり易いが、雌花の花序は上向きにつくので葉に隠れて見えない。果実が成長して、その重みで葉より下の位置に果実が垂れ下がったときに、突然のクルミの実の出現に驚いてしまう。

雌雄同株で、雄花と雌花が同じ株に咲く (‎‎2007‎年‎5‎月‎4‎日 所沢市)

■花
 オニグルミの花は風媒花であり、昆虫や鳥などに頼らずに花粉を風に乗せて遠くまで運ぶ。このため、花は小さくて目立たず、香りや蜜も無く、必要最低限の機能しかない質素な構造をしている。雄花は前年枝から垂れ下がり、尾状花序を構成する。1つの雄花は、4つの花被と12~20本程の雄蕊を持つ。黄緑色の垂れ下がった雄花序に、雄蕊の茶色の葯が周期的に見え隠れするだけの姿だ。一方、雌花は当年枝に花序をつくり、上向きに10~20程度つく。雌蕊の萼片は緑色だが、柱頭は2つに分かれて鮮やかな赤色となり、毛が密生しいる。これで風に運ばれてきた花粉を受け止めるのだろう。

雄花は前年枝から垂れ下がり、尾状花序を構成する (‎‎2007‎年‎5‎月‎4‎日 所沢市)

各雄花は4つの花被と12~20本の雄蕊を持つ (‎‎‎2025‎年‎4‎月‎29‎日 所沢市)

雌花は当年枝に花序をつくり、上向きに10~20程度つく (‎2025‎年‎5‎月‎7‎日 東京都薬用植物園)

雌蕊の萼片は緑色、柱頭は鮮やかな赤色で2つに分かれている (‎2025‎年‎5‎月‎7‎日 東京都薬用植物園)

■果実
 雌花は受精すると、子房が膨らみ、広卵形の若い緑色の果実ができる。果実の表面には細かな毛が密生するが、秋になって果実が熟し始めると、表面に皺が現れる。果実表面の果肉部分は薄く、その内側には硬い殻をまとった堅果(核)がある。これを割ると、渋皮に包まれた栄養豊富な子葉部分があり、これを食用にする。

雌花の子房が膨らみ、今年枝の脇に果序ができる (‎2025‎年‎6‎月‎28‎日 帯広市)

果実は広卵形で、表面には細かな毛が密生する (‎2023‎年‎6‎月‎21‎日 東京都薬用植物園)

秋に果実が熟し始めると、表面に皺が現れる (‎2023‎年‎10‎月‎6‎日 東京都薬用植物園)

果肉を除いた堅果は硬く、殻を割ると食用になる子葉が現れる (2025年7月17日 所沢市)

■オニグルミと日本人
 オニグルミは野生の巨大な樹木であり、その姿には観賞するに値する特筆すべき美点はなく、庭木にも向いていない。やはり。オニグルミは果実だ。かつて、物見遊山で信州の塩田平にある前山寺の"未完成の完成の塔"と呼ばれる重文三重塔を訪れた際に、庫裡で名物の"くるみおはぎ"をいただいた(詳細はここをクリック)。境内の鬼胡桃からつくったと言うタレは、渋みとコクがあってなかなか上品。現代日本人にとってオニグルミは、主食ではなく、和菓子やデザートの世界で存在感を示しているようだ。

 もう一つの話題は、オニグルミの生き残り戦略について。東京都市大学らの研究グループは、"オニグルミのアレロパシー活性がニセアカシアの実生の初期生長に及ぼす効果"を上梓した(詳細はここをクリック)。アレロパシー(他感作用)とは、ある植物から放出された天然の化学物質が、他の植物に対して阻害的あるいは促進的な何らかの作用を及ぼす現象を意味する。本研究の背景としては、ニセアカシアは侵略的外来種であり、日本の生態系に影響を与える程分布を拡大しているのにも関わらず、オニグルミが生育する地域ではニセアカシアの侵入が少ないことが観察されている。 ​混植実験と根圏土壌法(根の周辺の土壌微生物や物質の分析)を用いて、オニグルミの根から放出される化学物質"ユグロン"がニセアカシアの初期生長を阻害することがわかった。これは、オニグルミ林がニセアカシアの侵入を防ぐ要因の一つである可能性が示唆されたが、​外来種管理や生態系保全における重要な知見を提供していると思う。更に研究が進み、他にも様々な組み合わせのアレロパシーが見つかればと期待している。

 今年は全国的にクマが市街地に出現し、人間を襲って人身被害が多発している。その対策として、北海道ではヒグマが近づかないように市街地付近のオニグルミを伐採している映像がニュースで流れていた。未だ青い果実が幹や葉とともにトラックに積み込まれ廃棄される様子を見るのは残念だ。このような事態になった原因は、地球温暖化か生態系の変化なのか定かでないが、大きな課題に直面したように思う。人間とヒグマの接点の一つが、双方とも大好物のオニグルミだったのは皮肉なものだが納得せざるを得ない。