オヤブジラミ - 赤味を帯びた双子の引っ付き虫
オヤブジラミは、セリ科ヤブジラミ属の越年草。東アジアの原産で、日本の在来種でもある。本州から琉球までの原野や路傍に繁茂する極めてありふれた雑草の一つ。名前から想像できるように、所謂"引っ付き虫”となって、果実が動物に絡みつき、種子を拡散する。オヤブジラミの花期は春だが、初夏を境にそっくりな植物が咲き始め、まるで同じ植物が咲き続けているような錯覚を与えやすい。その植物は、同属のヤブジラミ(藪虱)だ。果実がオヤブジラミの方が大きいので接頭語の"オ(雄)"がついた。この2つの植物の関係は、キク科の春に咲くハルジオンと夏に咲くヒメジョオンの関係を連想させる。自然界の中に時々ある似て非なるものの存在意義は何なのだろうかと考えてしまう。敢えてオヤブジラミの良い点を挙げると、花や果実は極めて小さいが、赤みがかったグラディエーションが観賞的には美しい。しかし、雑草駆除のためオヤブジラミを引き抜いていると、軍手に果実が貼り付き、それを取り除いても鋭い毛先は軍手に刺さったままで厄介なものだ。在来種であっても、人間社会にとっての有用性や文化的つながりとは、背を向けて生き続けた根性のある雑草だと思う。

【基本情報】
・名称:オヤブジラミ(雄藪虱)
・別名:(なし)
・学名:Torilis scabra
・分類:セリ科ヤブジラミ属の越年草
・原産地:日本を含む東アジア(朝鮮、中国、台湾)
・分布:日本では、本州、四国、九州、琉球など
・花言葉:人懐っこい(引っ付き虫のためか)
■生態
湿った野原や荒れ地などに生える越年草で、秋に発芽したあと、ロゼット状態で越冬し、翌春に気温の上昇とともに成長を始める。茎は直立し、上部で枝分かれし、草丈は精々70cm程度。茎や葉は、紫色を帯びることもある。葉の構造は2~3回羽状複葉。小葉の形は細かく裂け、葉は薄く、両面に粗い短毛が生え、裏面は白色を帯びる。


■花
オヤブジラミは多くのセリ科の植物と同様に、複散形花序を形成する。これは大花序と小花序の2段階の構成になっている。地面から伸びた茎の先、または分岐した枝先から、2~5本の茎に分かれた大花柄をつくる。1つの大花柄の先に0~2枚の細長い小総苞片を介して、2~5本に分岐した小花柄をつくる。


小花序にできたオヤブジラミの蕾の先端が紫色を帯びると、間もなく開花する。オヤブジラミの花は両性花で花の下部には長い子房がある。花は白色の5弁花で、雄蕊は5本、雌蕊は1本で柱頭が2裂している。この時期の花弁の縁や子房を包む外皮の毛は薄紫色になる。


■果実
花が終わると、花弁や雄蕊が落ち、子房が膨らんで若い果実が出来る。果実の先端には、2裂した雌蕊の柱頭の跡が残る。果実は長楕円形で、表面の刺毛(植物の表皮にあるとげ状の毛)は長めで先端は内側に曲がっている。このため、一旦何かに付着したら、離れ難い。そして、大量に生み出された果実は、引っ付き虫となり、動物に付着して拡散する。果実は、完熟すると赤味は消え、2つに分かれ、それぞれに種子が1個入っている(分果)。種子は、秋には発芽し、ロゼット状になって越冬するので、越年草に分類される。




■オヤブジラミと日本人
オヤブジラミは日本の在来種であり、人類の歴史の中では雑草として生きてきた。ある特定の地域で、野生植物の生育状況を調べ、在来種、自生種、希少種、外来種などに分類し、今後の保護活動への指針を提案した研究成果がある。 森林総合研究所の研究グループによる"森林総合研究所多摩森林科学園の野生植物"だ(詳細はここをクリック)。東京都八王子市の森林総合研究所多摩森林科学園は、かつては縄文時代の遺跡があったり、戦国時代は北条氏の支配地域であったり、江戸時代は幕府の直轄地となり、明治以降は皇室の御料地となり、1960年代の台風被害を契機にサクラの保護林が造成された歴史を持つ。このような変遷をしながらも、長期間にわたり多くの植物が、この地で生育してきた。現在の植物相の調査結果によると、確認された植物は784分類群、国内産植物は657分類群、自生種は618分類群、希少種は106分類群であり、外来植物は127分類群(自然帰化種87分類群と逸出帰化種40分類群の合計)だった。この中で、セリ科のオヤブジラミやヤブジラミは国内産自生種としてリストアップされ、希少植物の範疇になることもなく、有史以来、営々と生き続けている正統的な雑草なのだ。


