ヤブニンジン - 地味で優雅な日陰の雑草
ヤブニンジン(藪人参)は、セリ科ヤブニンジン属の多年草。 主に東アジアに分布し、日本の在来種でもある。日本各地の山野や藪、路端などの日陰を好んで生育する。ヤブニンジンの姿と言えば、先ず目につくのは、人参の葉のような葉が一面に敷き詰められ、その上方の細い茎に支えられた小さな白い10個程度の花の集団が空中に点々と浮いている優雅な景色だ。これは、ヤブニンジンの名称の由来にも繋がる。春に咲くセリ科の植物の中に、良く似たヤブジラミ(藪虱)があるが、この果実が卵形であるのに対し、ヤブニンジンは長い棍棒形なので、ナガジラミ(長虱)の別名がある。ヤブニンジンは、かつて食用や薬用に利用されたこともあったが、同じ季節に生育するセリ科の植物には有毒なものもあって紛らわしいためか、現在では積極的に活用されていないようだ。むしろ、最近では山野を荒らす侵略的植物の繁茂を防ぐためのグラウンドカバー植物として存在感があるのではないかと思う。

【基本情報】
・名称:ヤブニンジン(藪人参)
・別名:ナガジラミ(長虱)
・学名:Osmorhiza aristate
・分類:セリ科 ヤブニンジン属の多年草
・原産地:日本の在来種、朝鮮、中国、シベリア、インドなどにも自生
・分布:日本では、北海道から九州まで
・花言葉:喜び
■生態
ヤブニンジンは、種子による実生繁殖が原則。種子は株の周辺に落ちるものも多いので、群生する傾向がある。春になると、地面から茎が直立して少数の葉をつける。葉は2回3出羽状複葉で、卵型の小葉の縁に粗い鋸歯がある。この葉の形や構成は、同じセリ科の人参の葉を連想させる。また、全体的に毛に覆われており、特に茎の毛は長い。茎の先には花序がつくが、2段階の構成になっている。茎の先に数枚の大総苞片があり、ここから数本の大花柄が伸び、その先に数枚の小総苞片を介して数本の小花柄が伸びて小花序をつける。所謂、複散形花序と呼ばれる形式で、セリ科の植物に多い。イメージ的には線香花火の飛び散る火花のようだ。




■花
茎の最先端にある小花序は小総苞片に包まれていて、開花前は蕾のように見える。これが開き始めると、小総苞片の隙間から複数の花が頭を出す。ヤブニンジンの花は、両性花と雄花の2種類がある。小総苞片が開くと、外側には長い両性花、中心部には短い雄花が数本ずつ現れる。小花序が開くと、基部の小総苞片は反返り、両性花は外側に雄花は内側に輪を描くように並ぶ。他の小花序も同時進行で開花し、視点を引いて大花序を眺めてみると、見事な複散形花序が出来上がっている。




次に、小花序の中の花を観察してみよう。2種類の花は何れも白い5弁花だが、半開きのような状態で咲き、全開はしない。両性花は5本の雄蕊と、長い子房があり2裂した花柱を持つ雌蕊からなる。一方、雄花は花柱が退化して無く、雄蕊が5本あるが、大きさは両性花より小さい。また、この2種類の花は咲く時期が微妙にズレている。両性花が咲き終わった後に、雄花が盛りとなり、雌性先熟の傾向がある。自家受粉を避けるためだろう。



■果実
花が終わると、雄花は枯れ、両性花の子房が生育して細長い若い緑色の果実になる。果実の先には2つの花柱の痕跡があり、先端の方に向けて棘のような毛がある。この毛は、運良く引っ付き虫のように動物などにつくと、遠方に拡散できる手段になる。やがて、果実が熟すと褐色になり、基部から裂開して2個の分果に分かれる。この分果の中に円柱状の種子が1つ入っている。分果は地面に落ちるか、引っ付き虫となって遠方に運ばれるかして、翌春を待つ。


■ヤブニンジンと日本人
ヤブニンジンは、日本の在来種であり、人間との付き合いも長いはずだが、存在感は薄い。一部に食用や民間薬として利用された歴史はあったにせよ、現在では有象無象の怪しい植物の中から取捨選択するほどもない雑草として生きている。本来は、立派な葉と慎ましい花が調和した優雅な植物だが、何故冷遇を受けているのか。それは、ヤブニンジとかナガジラミとか、取って付けたような名前のせいもあるだろう。もっと相応しい名前がないものか。しかし、日本各地の日陰の野原を、侵略的外来種から守り続けた功績は大きい。自然にとっても人間社会にとっても、ヤブニンジンは雑草ではあるが、案外良い奴なのかもしれない。


