キツネアザミ – アザミより優雅で気高い
キツネアザミ(狐薊)は、キク科キツネアザミ属の越年草で同属唯一の種。東アジアや豪州に分布し、日本には古い時代に渡来したと思われるので、在来種として扱われる。名の由来は、花の形を化粧道具の眉掃に見立て、江戸時代にキツネノマユハキまたはマユハキアザミと呼ばれていた説、あるいは、花は薊に似ているが本種には葉に棘がないので、まるで狐に騙されたようだ…との説がある。一般的なアザミ属の種と較べると、花も立ち姿も華奢な印象を与える。ロゼットで越冬した株は早春から成長を始めて、春の盛りには枝分かれした茎の先に紅紫色の頭花を疎らに咲かせ、入梅の頃には早くも綿毛のついた種子を風に託して枯れる。なかなか潔い生活史だが、あまりにも普通の雑草らしく見えるためか、人の関心を引くこともない。キツネアザミの花言葉は"嘘は嫌い"で、アザミだと思って近づくと、アザミではないことに気づいてつけられたとのこと、アザミとの微妙な位置関係を示している。しかし、荒々しいアザミよりは、キツネアザミは優雅で気高い雰囲気がある。

【基本情報】
・名称:キツネアザミ(狐薊)
・別名:キツネノマユハキ(狐の眉掃)、マユハキアザミ(眉掃薊)
・学名:Hemisteptia lyrata
・分類:キク科 キツネアザミ属の越年草で同属唯一
・原産地:東アジア、豪州など
・分布:日本では本州から沖縄まで
・花言葉:嘘は嫌い
■生態
冬のキツネアザミは、ロゼット状に羽状複葉の深く裂けた根生葉が地面に拡がるだけだ。早春に茎が直立し始め、茎の先に蕾の塊をつけたまま伸び、やがて1m程度の高さになる。株元に近い茎の葉は、根生葉と同様に羽状に深裂する形状だが、棘はなく密集する。茎の上部では盛んに枝分かをするが、その部分の葉は細長い形状で疎らにつく。このため、全体の姿は、背が高くても重心は低くスマートな印象を受ける。一方、初夏に咲くキツネアザミと姿が良く似たアザミ属のノアザミは、深裂した羽状の葉の先には鋭い棘があり、随分と荒々しい印象を与えるので、区別は容易だ。





■花
ロゼッタから茎が成長を始めると、数個の蕾が集まって現れる。蕾の集団は、成長するとそれぞれが総苞に包まれて分離する。キツネアザミの本当の花は筒状花で、これが多数集まったものを頭花と呼ぶ。蕾が成長すると頭花になる。この蕾や頭花は、鱗のような形をした苞葉の集合体である総苞に包まれている。この総苞下部の変曲点近傍の苞葉が鶏冠のように尖った形状になっている。これが、葉の棘と同様に、キツネアザミを見分けるためのポイントになっている。



開花間近の蕾の開口部を見ると、周辺部の筒状花から中心へ成長が進んでいるのが分かる。花が開花すると、筒状花の先は白い小さな花粉がついているもの(雄性状態)と、先が2裂した柱頭を持つもの(雌性状態)が混在している。これは、キツネアザミが雄性先熟の性質を持つため、頭花の中の多数の筒状花が、それぞれ雄性から雌性に変化し、それが混在している状態だからだ。



雄性先熟のプロセスは、開花直後は花粉も非活性の雌蕊も雄蕊の葯筒に包まれているが、昆虫が侵入して葯筒に振れるとその振動で葯筒が下がり、花粉の一部が露出し、その花粉が昆虫によって他の花に運ばれる(雄性状態)。やがて時間が立つと、雄蕊や花粉は枯れて無くなり、雌蕊の柱頭の先が2裂して、昆虫などが運んできた他の花の花粉を受け入れ、受精が完了する(雌性状態)。

キツネアザミの頭花は、周辺の低い雑草よりも高い位置にあり、紅紫色で群生もするので、良く目立つ。そよ風に吹かれて揺れる様子はなかなか優雅だ。

■果実
キツネアザミの果実は総苞の中で育つ。果実は痩果で、縦筋が入り白い冠毛がつく。総苞が破れると、羽毛状の冠毛のついた痩果が現れ、風によって飛ばされ拡散する。痩果の抜けた跡には、毛の塊が残る。キツネアザミの繁殖は、地下の根による栄養繁殖は無く、この種子による繁殖だけなので、雑草ではあるが繁殖力は程々のようだ。



■キツネアザミと日本人
キツネアザミと人間との関係は希薄だ。若葉を茹でて水にさらして食用にしたり、中国では全草を消炎や解毒に用いたりしたこともあるらしいが、その目的には更に適した植物はあるだろう。日本の物語には、キツネアザミは登場しない。俳句や川柳における狐薊の季語は、晩春のようだが作例は少ない。日本人のキツネアザミに対する感性は、どうやら狐薊に対してではなく、狐に向けられているようだ。日本人に取って狐とは、人を騙すイタズラ好きの動物だったり、稲荷信仰に代表される神の使いだったりと思われているので、厄介な存在というよりはむしろ好意的に受け入れられている。このため、姿は荒々しいアザミに似ているが、棘はなく細身の上品な本種を日本人はキツネアザミと呼んだのだろう。なお、キツネアザミを、中国では泥胡菜(濁った異国の菜?)、欧米では自生地でないためか学名Hemisteptia lyratで呼んでおり、狐の影はない。


