ニワトコ – 有用で、美しくもあり、不思議な存在

 ニワトコ(接骨木、庭常)は、ガマズミ科ニワトコ属の落葉樹で、樹高は数m程度。"接骨木"の名の由来は、枝や茎を煮詰めて湿布剤をつくり、骨折の治療に役立てたためと言われている。日本では本州、四国、九州に自生するが、他の木々に先駆けて芽吹いて春の訪れを告げるだけではなく、利用価値も高いため、昔から農家の庭先にも植栽されている。食用としては、若芽を天ぷらやお浸しにしたり、実を果実酒にしたりする。薬用としては、葉を天日乾燥させたものを"接骨木葉"と呼ばれる民間薬になり、解熱や利尿に効果がある。民間信仰では、魔除けにもなると信じられ、小正月の飾りとして材が使われる。近縁種のセイヨウニワトコは、キリスト処刑の十字架になったり、小説"ハリー・ポッターシリーズ"で魔法界最強の杖として登場する。ニワトコには、何やら不思議な魔力がありそうだ。文化的には、古事記や万葉集では"山たづ"の名で、平安時代の倭名類聚鈔には"美夜都古木(みやつこぎ)"で、江戸時代の本草綱目啓蒙"や貝原益軒の大和本草では"接骨木"で登場している。しかし、現実の世界では、ニワトコは鑑賞の対象としても美しい植物だ。季節が進む度に、ニワトコの見処も変化する。春になると、新芽と同時にブロッコリーのような蕾ができ、白い小さな花が集まって円錐花序をつくり、初夏には赤い果実が実る。地味な構成であるが、神秘的な気配も感じさせる植物だ。

ニワトコの果実 (‎2024‎年‎5‎月‎26‎日 所沢市)

【基本情報】
 ・名称:ニワトコ(接骨木、庭常)
 ・別名:セッコツボク(接骨木)、タヅノキ(鶴の木)、ミヤツコギ(造木)
 ・学名:Sambucus racemosa subsp. sieboldiana
 ・分類:ガマズミ科 ニワトコ属の落葉低木または小高木
 ・原産地:日本、朝鮮半島南部、中国
 ・分布:日本では、本州、四国、九州(対馬、南西諸島も含む)
 ・花言葉:愛らしさ、慈悲

■生態
 株元から分岐した幹が立ち上がり、上方は分岐した枝が弓なりに横に広がる樹形になる。 幹の樹皮は褐灰色で、縦にひび割れができる。葉は枝に対生し、奇数羽状複葉で、小葉は長楕円形で葉柄は短く、先端は尖り、縁には鋸歯がある。葉の表面は葉軸に沿って溝になっており、葉脈が目立つ。葉の裏面には薄い毛があり、白っぽく見える。早春になると、冬芽が開き始め、若芽が出て、若葉と花蕾が同時に現れる。弓なりに伸びた枝に、若芽が距離を保ちながら並ぶ。若芽が成長すると、ブロッコリーのような花蕾と、それを囲むように若葉がつく。

樹形は分岐した幹が立ち上がり、上方は弓なりに枝が横に広がる (‎2020‎年‎4‎月‎4‎日 所沢市)

幹の樹皮は褐灰色で、縦にひび割れができる (‎‎2025‎年‎3‎月‎21‎日 所沢市)

葉は対生し、奇数羽状複葉で、小葉の表面は滑らかで、縁には鋸歯がある (‎‎‎2025‎年‎3‎月‎25‎日 所沢市)

葉の裏面には薄い毛があり、白っぽく見える (‎‎‎‎2025‎年‎3‎月‎25‎日 所沢市)

早春になると、冬芽が開き始め、若芽が出る (‎‎‎‎‎2024‎年‎2‎月‎26‎日 所沢市)

若芽の様子、若葉と花蕾が同時に現れる (‎‎‎‎‎2024‎年‎2‎月‎26‎日 所沢市)

上方の枝は弓なりに伸び、その枝に距離を保ちながら若芽が並ぶ (‎‎‎‎‎‎2025‎年‎3‎月‎21‎日 所沢市)

若芽には、ブロッコリーのような花蕾と、それを囲むように若葉がつく (‎‎‎‎‎‎‎2025‎年‎3‎月‎14‎日 所沢市)

■花
 若芽から出たばかりの花蕾は、隙間無く寄り集まっている。花蕾は、普通は黄緑色だが、赤紫色のもの時々見かける。やがて、花蕾の間隔が広がり円錐花序を形成し、基部にある葉も広がっていく。程なく、多数の小さな白い花が集まってほぼ同時に咲く。花の構造は、花冠は白っぽい黄緑色で先が5裂し、雌蕊は紫色で柱頭は短く先端は3裂し、その周囲に黄色の葯を持つ雄蕊が5本ある。花の盛りがすぎると花弁や雄蕊が落ち、子房が目立つようになる。ニワトコは虫媒花で、花に昆虫が集まるだけでなく、葉や小葉の付け根に花外蜜腺と言う2対の突起があり、密でアリなどを誘引して他の昆虫による食害から身を守るようだ。

花蕾は、始めは隙間無く寄り集まっている (‎‎‎‎‎‎‎‎2025‎年‎3‎月‎21‎日 所沢市)

赤紫色の花蕾も見かける (‎2025‎年‎3‎月‎25‎日 所沢市)

花蕾の間隔が広がり円錐花序を形成し、基部にある葉が広がる (‎2015‎年‎4‎月‎12‎日 所沢市)

多数の小さな白い花は、ほぼ同時に咲く (‎2015‎年‎4‎月‎12‎日 所沢市)

花冠は5裂し、雌蕊は紫色で柱頭は3裂し、その周囲に雄蕊が5本つく (‎2015‎年‎4‎月‎12‎日 所沢市)

花の盛りを過ぎると、花弁や雄蕊が落ち、子房が目立つ (‎2023‎年‎3‎月‎31‎日 所沢市)

葉のつけ根に、2対の花外蜜腺があり、アリなどを集める (‎2023‎年‎4‎月‎4‎日 所沢市)

■果実
 花後に子房が膨らみ、未熟な黄緑色の果実ができるが、柱頭だった部分の紫色が目立つ。熟成の過程で、果皮は緑色になり、微かな縞模様が現れる。梅雨の頃に、果実は赤色から暗赤色になり熟成する。果実は核果で、その中に3個の種子が含まれる。この果実は、人間の食用には向かないが、ムクドリやオオヨシキリなどの鳥が菜食し、拡散される。

花後の未熟な果実は黄緑色で、柱頭だった部分の紫色が目立つ (‎‎2024‎年‎4‎月‎13‎日 所沢市)

熟成の過程で、果皮は緑色になり、微かな縞模様が現れる (‎‎‎2024‎年‎4‎月‎29‎日 所沢市)

梅雨の頃に、果実は赤色から暗赤色になり熟成する (‎2014‎年‎6‎月‎14日‎‎ 所沢市)

果実は核果で、その中に3個の種子が含まれる (‎2024‎年‎6‎月‎5‎日‎ 東京都薬用植物園)

■近縁種 エゾニワトコ
 エゾニワトコ(蝦夷接骨木、Sambucus racemosa subsp. kamtschatica)はニワトコの亜種と言われ、北海道から関東以北に分布する。夏に北海道に帰省すると、赤い果実が実っている。外観上、ニワトコとの相違はあまりないが、敢えていうと葉がより大きくて丸みのある楕円形で、鋸歯もやや粗く、多少豪快な印象を受ける。

エゾニワトコの枝振りは、葉は大きく、鋸歯も荒い (‎2023‎年‎7‎月‎24‎日 帯広市)

エゾニワトコの枝振りは、葉は大きく、鋸歯も荒い (‎2023‎年‎7‎月‎24‎日 帯広市)

■ニワトコと日本人
 ニワトコは、薬用としては骨折治療や解熱、利尿などに対し、漢方や民間療法の領域で利用されてきたが、治療薬としての科学的根拠を充分に説明することは難しかった。ここで紹介する研究は、星薬科大学の研究グループによる"免疫賦活作用を持つ天然物の探索とその薬効解析"(詳細はここをクリック)は、科学的なアプローチで、ニワトコの新たな薬効を探求するものだ。概要は、《ニワトコから、体の免疫力を活性化すると考えられる物質を精製し、その作用について解析をした。その結果、この活性物質はベンゼン環を含む糖脂質と推定され、リンパ球の増殖反応において、選択的に陽性細胞を増加させる作用があることが分かった。この新しいメカニズムは、生薬としてのニワトコの利用法として、従来の外用薬などの用途とは異なる利用法を提案するものだ。》この研究を始めた契機は、最近の製薬業界では病気の原因となる特定の分子に作用する治療薬の開発費用は高額になって、医療費や保険財源確保が困難になるため、セルフメディケーションや予防医学を重要視すべきとの観点があったようだ。自然の中で生きる植物には、多くの未知の能力が潜んでいるようだ。