ジンチョウゲ - ルックスより芳香

 ジンチョウゲ(沈丁花)は、ジンチョウゲ科ジンチョウゲ属の樹木。原産地は中国南部とも言われているが、自生地が確認されておらず、曖昧さが残る。日本には室町時代に渡来し、民間薬や庭木に利用されてきた。常緑の低木なので普段は目立たないが、冬から早春にかけて花期を迎え、半球状に小花が集まった花序が枝の先に散在し、漸く活気のある風情となる。だが、同時期に咲く他の植物を比較すると、華やかさとかスケール感が充分でなく、少し地味な役割を演じている。しかし、ジンチョウゲには、大きな特徴がある。それは芳香だ。ジンチョウゲの花の香りは、熱帯アジア産の香木の沈香(じんこうに)似ていて、夏のクチナシ、秋のキンモクセイとともに、"日本の三大香木"として知られている。江戸時代以降、ジンチョウゲを詠んだ多くの俳句や和歌が創られたが、その主題はやはり芳香だ。一方、茶の湯の世界では、芳香が精神を乱すためか"禁花"とされている。ジンチョウゲは、良くも悪くも芳香によって日本文化に影響を与えているようだ。庭木としても、品種改良は進められ、現在は、花色が紅紫色の原種と白色のシロバナジンチョウゲが混在して植栽されいることも多い。また、日本には雌株が殆ど存在しないと言う現実がある。何とも、不思議が多い植物である。

ジンチョウゲの花 (‎2015‎年‎3‎月‎24‎日 所沢市)

【基本情報】
 ・名称:ジンチョウゲ(沈丁花)
 ・別名:チョウジグサ(丁子草)、ズイコウ(瑞香)、センリコウ(千里香)など
 ・学名:Daphne odora
 ・分類:ジンチョウゲ科 ジンチョウゲ属の常緑低木
 ・原産地:中国、台湾、ベトナムあたりらしい
 ・分布:日本、中国などで広く植栽
 ・花言葉:栄光、不死、不滅、歓楽、永遠

【生態】
 雌雄異株。キンモクセイと同様に、日本では雌株は殆ど無いので種子繁殖はできず、挿木などの方法で人手によって繁殖している。太い幹はなく、多数の枝が分岐しながら成長するので、樹形は自ずと球形になる。葉には短い葉柄があり、枝に互生する。葉身は楕円形で、鋸歯はなく、表面は革質で光沢があり、葉脈ははっきりしない。

樹形は枝分かれしながら成長するので、球形になる (‎2004‎年‎2‎月‎29‎日 所沢市)

茎は、頻繁に枝分かれする (‎2025‎年‎2‎月‎13‎日 所沢市)

葉は互生し、短い葉柄がある (‎2025‎年‎2‎月‎13‎日 所沢市)

葉身は楕円形で、鋸歯はなく、表面には光沢がある (‎2025‎年‎2‎月‎13‎日 所沢市)

■花
 枝の先に頭状花序が形成され、先ず十数個の蕾と、それに付随した苞葉がつく。蕾が開くと、花弁のような先端が4裂した筒状の萼が現れる。萼の外側は紅紫色、内側は白色で、花弁は無く、雄蕊の一部が見える。雄蕊は8本あるが2段になっていて、上の4本の葯が開口部から見える。萼の筒状部には雄花の退化した子房がある。また、品種違いのシロバナジンチョウゲの萼は外側も白色だが、花の構造は同じ。花期が過ぎ、雄花が散ると、実をつけること無く、ジンチョウゲは常緑の目立たない低木に戻る。

蕾の様子、頭状花序に十数個の蕾と苞葉がつく (‎‎2023‎年‎2‎月‎17‎日 所沢市)

蕾が開くと、花弁のような先端が4裂した筒状の萼が現れる (‎‎‎2011‎年‎3‎月‎6‎日 所沢市)

萼の外側は紅紫色、内側は白色で、花弁は無く、雄蕊の一部が見える (‎2020‎年‎2‎月‎23‎日 所沢市)

シロバナジンチョウゲの萼は外側も白色 (‎2010‎年‎3‎月‎14‎日 所沢市)

■よく見かけるジンチョウゲ属
 当地所沢でもジンチョウゲ属の樹木は、民家の庭や公園、道路沿いの植栽されている。原種のジンチョウゲとともに、萼全体が白いシロバナジンチョウゲ(白花沈丁花)も多い。縁起を担いてか、紅白を揃えて混植もされている。その次に目に留まるのは、葉がクリーム色で不規則に縁取られているフクリンジンチョウゲ(覆輪沈丁花)だ。これら3種は、姿形は同じで、色違いなので極近い品種なのだろう。

原種のジンチョウゲ (‎2014‎年‎3‎月‎26‎日 所沢市)

シロバナジンチョウゲ (‎‎2010‎年‎3‎月‎14‎日 所沢市)

フクリンジンチョウゲは、葉がクリーム色に縁取られる (‎‎2010‎年‎3‎月‎14‎日 所沢市)

 ジンチョウゲ属は園芸植物でもあるので、変種も豊富。例えばこの樹は、葉が少し長いので同属のコショウノキの可能性があるが、小花の数が多すぎるし、黄色っぽい。単に黄色味を帯びたシロバナジンチョウゲなのか、それとも別の品種なのか判然としない。これが園芸種の奥深さなのだろうか。

これはコショウノキではなく、黄色味を帯びたシロバナジンチョウゲか (‎‎‎2004‎年‎3‎月‎13‎日 所沢市)

■ジンチョウゲと日本人
 日本文化の中で、ジンチョウゲとの関係は連綿と受け継がれてきた。現代に生きる世代にとって最もポピュラーなのは、国民的演歌歌手石川さゆりさん歌う"沈丁花"だろう。この歌が描く情景は、《降りしきる雨の坂道に濡れて傾く沈丁花、港に続く舗道に白くこぼれる沈丁花、もうじき終わる恋と予感しながら二人で歩く夜明けの裏通り》(概略)。夜明けの裏通りを歩く二人には沈丁花の花は見えず、香りでその存在を感じている。これが恋の終焉の象徴なのか、それとも次の新たなステップへの契機となるのかはわからない。しかし、沈丁花は、静かにことの成り行きを見守っている。これは、ジンチョウゲに対する日本人の感性をついた名曲と思う。
 また、ジンチョウゲには未来もある。東邦大学などの研究グループが、ジンチョウゲ属の植物オニシバリに、抗HIV(エイズを引き起こすヒト免疫不全ウイルス)活性物質ジテルペノイドが含まれることを発見した(詳細はここをクリック)。これにより、新たなHIV感染症治療の創薬が期待されている。コロナの影に隠れてエイズは話題に上らなくなったが、発症数は緩やかに減少してはいるが、まだまだ油断ならない状況が続いているようだ。
 ジンチョウゲと日本人の間は、これまでも、これからも良好な関係が続きそうだ。