変な魚の創り方 – 陶芸のノウハウ
陶芸の面白さは、思い浮かんだイメージを、粘土を使って自由自在に造形できることである。しかし、粘土という現実の物質を相手にすると、物理の法則に逆らって造形できる筈はない。陶芸を始めた頃は、手廻し轆轤(ろくろ)を使って、円形の皿や器を作っていた。だが素人の技では、焼成すると器が歪んだり、手に取るとかなり重かったりするので、家族の評判は散々だ。素人の作品は、プロの陶工が作ったものとはレベルが違うと言う当たり前の真実に漸く気が付き、それ以降は何の役にも立たない代物を作ることにした。そうは言っても、崇高な芸術作品の様な物はとても無理なので、誰でも知っている小動物や魚などをテーマにしてみた。始めてみると、作品のテーマ毎に造形の手法も異なるので、工夫の余地が多く、ついつい引き込まれ、数年が経ってしまった。
今回は、海底を歩き回る魚であるカエルアンコウを例にして、どのように造形していくのかを説明してみたい。体つきは大きな頭部と膨らんだ腹部、そして歩行を担うガッシリとした胸鰭と小さな腹鰭、アンコウを特徴づける獲物を引き寄せる疑似餌のついたエスカ、そして大きくて柔らかそうな背鰭、尻鰭、尾鰭などが構成要素だ。

造形に当たり、最初に注意すべき点は、対象物を粘土の塊にしないこと。焼成の際に大きな粘土の塊があると、表面と内部の温度差のためか破裂してしまう。このため、対象物の内部は可能な限り中空にする。今回は、頭部、腹部、尾鰭周辺の3つに分割し、頭部と腹部は中空にし、厚みのない尾鰭周辺は板状にした。これらの3つの部品を横に並べてつなげていく。


部品の接合に当たり、魚体を支える台座が必要だ。海底の砂地を想定して粘土を板状にした。2つの部品の接合は、片方の切断面を指で押しつぶし内側に伸ばしてから、水をたっぷり含ませ、もう一方の部品の切断部分に押し込む。接合部分の外側は指で、内側はヘラで擦り付けて継ぎ目が分からないように滑らかにする。このようにして繋ぎ合わせた魚体を台座に固定する。これらの作業中に魚体の外側に触れると、粘土が柔らかいうちは表面がへこみ、生物らしい膨らみがなくなる。このため、今回は大きく開いた口からヘラを入れ、胴体を内側から丸くなるように広げる。口からヘラが入れられない場合は、背中を開いてヘラを入れるか、頭部と腹部を精確に作り粘土が少し固くなってから貼り合わせる方法もある。何れにしろ、この作業は対象物のリアリティを確保するためにどうしても必要だ。

これで対象物の骨格は出来上がった。当初描いたイメージ図と見較べると、なんだか胴体が長すぎる。粘土が柔らかいうちなら、修正は可能なので、胴体を20%程度短くすることにする。腹部の後部を輪切りにして削除し、尾鰭周辺部分を台座から切り離して前方へ移動する。輪切りにした部分は亀裂が入り易くなるので、切断線に直交して剣先で筋を入れ、たっぷり水を含ませて指やヘラで滑らかになるまで擦りつける。これで、魚体の骨格は完成。


次に様々な鰭や目を、魚体に貼り付ける。台座に直結する胸鰭や腹鰭は問題ないが、片側が空中に伸びる背鰭や尾鰭、エスカなどは触れても簡単に割れないようにある程度の厚みが必要。全ての部品を実装したら、余分な台座部分を剣先で切り取ってコンパクトにする。


台座は海底のイメージを出したいので、割りばしの先を尖らせ、それをランダムに突き刺して砂地の様にした。この窪みは、彩色の際に筆跡を目立たなくする効果もある。

全体の形が出来たら、指で押してもへこまない程度に乾燥させ、いよいよ彩色を行う。彩色は、焼成前なので下絵の具を使う。粘土自体も色がついているので、絵具を粘土に直接塗っても、本来の色は出ない。このため、絵の具を塗る部分に、予め白化粧を施す。白化粧土は、水に溶いて塗布するが、そのままだと乾燥すると白い粉が剥がれ落ちたり、釉薬を弾くことがあるので、白化粧の溶液に少量の粘土を加えると密着性が良くなることが、試行錯誤を経て分かった。それからもう一つ重要なポイントは、塗布むらである。塗布むらがある状態で焼成すると、濃淡が強調され塗布した際の筆使いがはっきりと残ってしまう(特に還元焼成の場合は顕著)。その対策として、筆で塗布した後に、スポンジに白化粧土の溶液を含ませ、表面をポンポンと叩く。こうすると、塗布むらが隠せると同時に、白化粧土の層も厚くなり、その上に塗る絵具の発色が良くなる。絵画で言えば、この状態が、漸く画家が白いキャンパスの前に立ったところだ。


次に、下絵の具で色を塗っていく。下絵の具は標準色の12色セットや、少し珍しい色を揃えた呉須7色セットがあり、色の種類は豊富。しかも、複数の絵の具を混ぜ合わせると新しい色も作れるで、色彩表現は問題ない。但し、酸化の雰囲気で焼成すると色は鮮明に出るが、還元をかけると色によっては色彩が薄くなることがあるので、焼成条件を考慮する必要がある。描画に関しては、クッキリとした模様はそのまま筆で書けばよい。滑らかな境界線を表現したり、立体感を持たせるために、同じ色でも筆に含ませる水の量を変え、濃淡を付ける方法がある。この方法は、描画した時点では完璧と思っていても、焼成後の濃淡の程度は窯次第なので、予想通りにならないこともある。もう一つの方法は点描だ。変化の大きな領域は多数の点を置き、変化の少ない領域にはまばらに点を置く。こうすると立体感や滑らかさが表現できるし、小さな打点の濃淡は不要なので、焼成の影響が強い陶芸には相応しい技法と思う。


彩色の最後は、海底をイメージした台座だ。黄色い魚体を目立たせるため、海底の砂地は灰色とし、少し黒い線を加えて海底の凹凸を表した。また、水中に光が当たったときの眩しさを表現するため、かなり恣意的だが鮮やかな球体を後方に配置した。 これで焼成前の作業は完了。陶芸は歩留まりの世界でもあるので、素焼き、施釉、本焼きを経て、無事に完成するよう期待している。



