コブシ - 清楚で異形な二面性
コブシ(辛夷)は、モクレン科モクレン属の落葉高木樹。日本原産で、北海道、本州、九州の一部に自生するが、全国各地で庭木や公園樹、街路樹として植栽もされている。早春にサクラよりも早く、大きめの白い花が樹全体に点在して咲くのでよく目立ち、春の訪れを告げる樹木の一つになっている。また、コブシには田打ち桜や田植え桜などの別名があり、コブシの開花が田植えの準備を促す機会にもなっていて、季節の移り変わりを告げる樹木でもある。コブシと言う名称は、蕾や開花中の花を握り拳に例えた説もあるが、集合果の形を握り拳に見立てたのではないかと思う。集合果の凸凹した形にはそれぞれ個性があり、色も形も時間とともに変化する。しかも花の数より果実の数は少なく。幸運にもこれを発見すると驚き感動する。早春の清楚な花と、秋の異形な果実は、コブシの二面性を表している。人間とは長い付き合いが続いているので、花や蕾は他のモクレン属の樹木(タムシバ、ハクモクレン、シモクレン)と同様に生薬の辛夷(しんい)となったり、花を食用、果実を果実酒に、木材は建材や細工物の使われた。しかし、文化的には古代には何故か見るべき文献はなく、漸く辛夷が仲春(旧暦2月)の季語になってから詩歌に登場するようになった。最近では、千昌夫のヒット曲"北国の春"に登場する。コブシは、都会よりも地方に似合うのかもしれない。

【基本情報】
・名称:コブシ(辛夷)
・別名:タウチザクラ(⽥打桜)、タネマキザクラ(種まき桜)など
・学名:Magnolia kobus
・分類:モクレン科 モクレン属の落葉高木樹
・原産地:北海道、本州、四国、九州、済州島に自生
・分布:鑑賞用に各地に植栽
・花言葉:友情、信頼、歓迎、愛らしさ
■生態
樹高は環境により幅があるが、障害物がなければ20m程度に達する。樹形は枝が均整に伸びて、卵形か円錐形になる。街路樹などで植栽されているものは、強剪定されるため、横には広がらない。幹の直径は大きいものは60cm程度になる。樹皮は、灰白色で滑らかで、皮目がある。花が開花した後に、葉は成長する。葉形は、歪んだ卵形で先端が鋭く飛び出し、葉の周辺に鋸歯はなく、葉脈は羽状で側脈は10対程度。葉は茎に互生する。葉は秋になると黄葉する。枝や葉には精油が含まれ、葉を揉んだり枝を燃やすと芳香を生じる。また、冬芽は初秋から成長を始める。





■花
落葉した冬の枝には、多数の冬芽がつく。冬芽には、花芽と葉芽の2種類がある。花芽は大きく表面は長い毛に覆われているが、葉芽はそれよりも小さく、毛も短い。注目すべき点は、花芽の基部に小さな葉芽もついて、花芽が開花すると同時にこの部分の葉が伸びる。近縁種のタムシバではこの部分の葉芽は無いので、これで両者を明確に区別できる。やがて、花芽の表面の芽鱗が割れて、白い花弁が現れる。開花が始まると、基部の葉芽も開き葉が伸び始める。花弁は白いが、花弁の裏側には基部から薄紫色の筋が入る。花は両性花で、構造は、花被片は9枚で、3枚ずつ3輪につき、内側と中央の6枚は白く長い花弁となり、外側の3枚は黄緑色の小さな萼片となる(因みに同属のハクモクレンは9枚の花被片は全て花弁になる)。花の中心には緑色の棒状の花床があり、それに雌蕊が多数つき、花床の周辺に多数の雄蕊が並ぶ。モクレンの花は密を出さないが、ハチや甲虫が花粉を運ぶ虫媒花ではある。花の寿命は短く、数日で花弁が落ちる。花が咲いた後に、枝先にできた葉芽が成長し、やがて樹全体が緑の葉で覆われる。









■果実
花が終わると、果実の生育が始まる。果実は、同じ花軸についた複数の袋果が不定形にいびつに融合した集合果で、やや不気味な雰囲気がある。果実の表面は始めは緑色だが、熟すと赤みを帯びる。果実が裂開すると、赤い種皮に包まれた種子が露出する。種皮の赤い外皮が剥けると種子は黒くなり、これらは地上に落ちたり、主に鳥によって拡散される。





■近縁種 シデコブシ
シデコブシ(四手辛夷)は、コブシと同属の落葉樹。コブシとの相違は、多数の花被片が細長く伸びて、その色が白色から淡紅色であること。この様子が、しめ縄や玉串につける細長い紙の"しで(紙垂、四手)"に似ているので、命名された。日本の固有種であり、自生もするが、その分布地域は地域は第三紀鮮新世の頃にできた東海湖の沿岸地帯にほぼ限定的されているらしい。このため、国土の開発が進む現在では、自生種は絶滅が危惧されている。その一方で、繊細な花を鑑賞する目的で、園芸品種が創り出されている。種としては、なかなか厳しく微妙な生存環境が続いている。


■コブシと日本人
日本人はコブシが好きなので、住宅地に植栽したり、園芸植物を創出したりして楽しんでいる。ところが、コブシの分類上の種は遺伝的な要素のみならず、地理的な要素も含めて考慮しなけれは種の維持が困難との指摘が、最近の研究で明らかになった。岐阜県立森林文化アカデミーらの研究グループは、"コブシ(Magnolia kobus)の集団遺伝構造とデモグラフィー:変種キタコブシ(borealis)は遺伝的には支持されない(邦題)"を公開した(詳細はここをクリック)。
コブシの全分布域について、遺伝的変異と葉形質の変異を調べ、その地理的傾向について検討した。その結果,遺伝的変異は,北海道から東北にかけての北方系統(単一の葉緑体DNAハプロタイプから構成)とそれ以南の南方系統(3種類のハプロタイプが存在)で大きく異なることが分かった。コブシの変種にキタコブシ(別名エゾコブシ)があり、北海道から東日本日本海側に分布し、花も葉もコブシよりやや大きい特徴がある。このキタコブシは、形態的には北方系統であるが、遺伝的には南北両系統の要素の一部を含んでおり、キタコブシは遺伝的にまとまったグループではないことが分った。
その影響はと言うと、コブシの変種には細かな遺伝的系統が存在するため、遺伝子撹乱を避けるためには、かなりきめ細かい地域的な範囲で、繁殖や植栽を行う必要がある。変種や近縁種の多いコブシは、自生地は限定的だが、園芸種や近縁種が地理的に接近すると、交雑が進み、種の多様性を損なう可能性がある。コブシの繁殖には留意すべき課題があり、人間の願望だけで勝手に決めてはならない問題だと思う。


