マンサク - 早春にまず咲く風変わりな花

 マンサク(満作、万作)は、マンサク科マンサク属の落葉小高木。日本の固有種で、本州と四国、及び九州の太平洋岸の山地に自生する。早春の花の少ない時期に風変りな捻れた黄色い紐のような花を咲かせるため、観賞用に各地で庭木としても植栽される。マンサクの名の由来は、早春に他に先駆けて"まず咲く"が訛ったと言う説や、枝一杯に花を付ける様子が豊年満作を連想させるとの説がある。しかし、樹木としては、早春の花の時期を除けば、地味な存在だ。マンサクの材質は柔軟性があるので、枝を茹でて折り曲げて雪上を歩く"輪かんじき"や筏を作ったり、薬用としては、生薬名を"満作葉"と言い、葉を煎じて止瀉や消炎に、外用には湿疹、皮ふ炎、止血などの民間薬として利用してきた。文学の世界でも、在来種でありながら取り上げられることは少なく、明治以降に漸く春を季語とするマンサク(金縷梅)が詩歌の世界で謳われるようになった。しかし、現代においてマンサクの存在価値を高めているのは、やはり庭園を彩る園芸植物としてではないだろうか。マンサク属の植物は、原種は東アジアや北米にもあり、これらを使って品種改良も進んでいる。近縁の常緑のトキワマンサク属の植物は公園や住宅の垣根として植栽されるようになった。その結果、珍しかった紐のような変な花は、今や日本を席巻している。いったいマンサクとはどんな樹木だろう。

早春に逸早く咲くマンサクの花 (2007‎年‎2‎月‎11‎日 昭和記念公園)

【基本情報】
 ・名称:マンサク(満作、万作)
 ・別名:ネジリキ、ネジ、ネソ、キンロウバイ(金縷梅)
 ・学名:Hamamelis japonica
 ・分類:マンサク科 マンサク属の落葉小高木
 ・原産地:日本の固有種
 ・分布:本州、四国、及び九州の太平洋岸の山地
 ・花言葉:幸福の再来、魔力、霊感、ひらめき

■生態
 マンサクは雌雄同株。マンサクの樹形は、直立して枝分かれが多いので、上方が広がる。樹高は灌木と雖も、数mになるものも多い。直立した幹はの樹皮は光沢がある灰白色で、細かな皮目がつく。枝の先端や分岐点に葉芽ができるが、これが開くのは花が終わった後だ。短い葉柄の先に左右非対称の2枚の葉が出て、これらが枝に互生する。葉形はほぼ円形で鋸歯があり、葉身は厚く深緑色。秋になると葉は、黄色から橙色に色づく。

樹形は枝分かれが多く、上方が広がる (‎2024‎年‎5‎月‎21‎日 所沢市)

幹は直立し、樹皮は光沢がある灰白色で、細かな皮目がつく (‎2025‎年‎1‎月‎24‎日 所沢市)

枝の先端や分岐点に葉芽ができる (‎2024‎年‎2‎月‎14‎日 所沢市)

花後に、短い葉柄から左右非対称の2枚の葉が出て、枝に互生する (‎2024‎年‎5‎月‎21‎日 所沢市)

葉はほぼ円形で鋸歯があり、葉身は厚く深緑色 (‎2024‎年‎5‎月‎21‎日 所沢市)

秋になると葉は、黄色から橙色に色づく (‎2001‎年‎11‎月‎24‎日 昭和記念公園)

■花
 前年に伸びた枝葉の脇から下向きに伸びた短い柄に、卵形の蕾(花芽)が2~4個程度つく。花芽が黄色味を帯びると、開花が始まり、捻れながら細長く皺の多い黄色い4枚の花弁が伸びていく。花の構造は、中央に雌蕊があり、花柱の先端は2裂する。その周囲に4本の雄蕊があり、その先に葯がある。葯はやがて2つに開きは黄色い花粉をを出す。雄蕊と雄蕊に挟まれた奥まった所に4本の仮雄蕊があるが、この部分に密が集まるようだ。花の基部からは4本の長い花弁と、花全体を支える比較的大きな萼片がある。萼片は4枚で、次第に反り返り、その後形成される果実を保護する役割も持つ。花期は2ヶ月程度続き、樹木全体が黄色に染まり、まさにマンサクは春を告げる花だと実感できる。

葉芽の下では、下向きの柄に卵形の花芽が2~4個つく (‎2022‎年‎11‎月‎10‎日 昭和記念公園)

花芽が黄色味を帯び、開花が始まる (‎‎2005‎年‎1‎月‎10‎日 東京都薬用植物園)

細長く捻れた黄色い花弁が、マンサクの特徴 ‎(2013‎年‎2‎月‎1‎日 所沢市)

花の構造 ‎(‎2012‎年‎2‎月‎26‎日 所沢市)

花期は2ヶ月程度続き、樹木全体が黄色に染まる ‎(‎2013‎年‎1‎月‎27‎日 所沢市)

■果実
 花が終わって花弁が落ちると、緑色の果実が成長を始める。果実は蒴果で、秋には熟して褐色の短毛が密生した卵状球形になる。果実の中には、黒い大きな種子が2個ある。成熟後に乾燥すると、ホウセンカのように、先の皮が裂けて種子が空中に飛び散る。繁殖はこのような実生の他に、植栽では挿し木や接ぎ木による方法もある。

花が終わって花弁が落ちると、緑色の果実が成長し、秋に熟す ‎(‎2024‎年‎5‎月‎21‎日 所沢市)

■マンサクの仲間
 身近なところで鑑賞できるマンサクの仲間は、海外原産のマンサク属の原種、交配で創られたマンサクの園芸種、近縁種のトキワマンサク属の庭木などがある。
 中国原産のシナマンサクはマンサクと良く似ていて、花だけ見ると区別は難しい。相違点は、花期が少し早く1月頃から、そして枯れ葉が花の時期に残っていることくらい。マンサクと同様に、団地の緑道や公園に植栽されているので見かける機会は多い。

シナマンサクは枯れ葉が春まで残る ‎(‎2013‎年‎2‎月‎1‎日 所沢市)

 アメリカマンサクは北米原産で、花期は秋で、この時期に葉は黄葉する。花の色は、マンサクよりも明るい黄色。アメリカ大陸の先住民は、古くから擦り傷などの治療に利用した。

アメリカマンサクは北米原産で、花期は秋 ‎(‎2023‎年‎11‎月‎22‎日 東京都薬用植物園)

 園芸種のマンサクを鑑賞するには、調布市の神代植物公園が好都合。早春になると、うめ園の一画に赤系、ルビー系、レモン色系、オレンジ色系などのマンサクが一斉に咲き揃う。

ダイアナは、ベルギーで改良されたアカバナマンサク ‎(‎‎2023‎年‎3‎月‎1‎日 神代植物公園)

ルビー・グローの花弁は赤色で、マンサクとシナマンサクの交配園芸種 ‎(‎2013‎年‎2‎月‎10‎日 神代植物公園)

モリス・パリダの花弁は レモン色で、シナマンサクの園芸品種 ‎(‎‎2023‎年‎3‎月‎1‎日 神代植物公園)

オレンジ・ビューティの花弁は濃い黄色で、マンサクとシナモンマンサクの交配種 ‎(‎‎2023‎年‎3‎月‎1‎日 神代植物公園)

 マンサク科の中には、トキワマンサク属の植物もある。1属1種で、日本、台湾、中国南部、ヒマラヤ東部が原産地。特徴は、花期は晩春で、常緑樹であること。花の色は、日本の在来種が白、昭和の終わりに中国から来たベニバナトキワマンサクはピンク。常緑なので、最近では公園や住宅地の垣根に利用されることが多い。

トキワマンサクはトキワマンサク属の常緑樹で、花は白 ‎(‎‎2011‎年‎5‎月‎8‎日 所沢市)

ベニバナトキワマンサクは中国原産のトキワマンサクの変種で、花はピンク ‎(‎‎‎2014‎年‎4‎月‎19‎日 所沢市)

■マンサクと日本人、改めマンサクと昆虫
 現代では、日本人にとってマンサクの仲間は、実用性より、風変りな捻れた紐のような花を咲かせる鑑賞の花として存在価値がある。人間の立場を離れて、マンサクと昆虫の関係を探ると、興味深い研究成果があった。弘前大学等の研究グループは、"1種の植物に寄生する4種のアブラムシが作る虫こぶ”の進化を遺伝子発現のレベルから明らかに"との論文を発表した(詳細はここをクリック)。昆虫が植物に寄生して虫瘤を作り、その中で生活をする現象が知られている。これは虫瘤の中にいる昆虫が、天敵の生物に捕食されないようにする手段だ。マンサクには、虫瘤を作る近縁の4種のアブラムシが存在する。具体的には、虫瘤が単純なものから複雑な順に並べると、(1)葉に袋状の虫瘤をつくるマンサクハフクロフシ、(2)葉の付け根にできる芽(腋芽)にイガ状の虫瘤を作るマンサクイガフシアブラムシ、(3)同じくサンゴ状の虫瘤を作るマンサクサンゴフシアブラムシ、(4)同じくイボ状の虫瘤を作るマンサクイボフシアブラムシだ。これらは、マンサクの地理的な分布変遷に影響を強く受けながら種分化してきたこと、更にこの種分化の過程で、虫瘤の防御物質(フェノール)の量が増加し、形態が複雑化する方向に進化してきたことを、遺伝子発現のレベルと、防御物質や虫瘤の形態といった表現型レベルの双方の視点から明らかにした。この研究はマンサクとアブラムシとの間の例だが、植物界の中で虫瘤を介して巧みに生き抜く昆虫と植物の世界がどのようなものか、垣間見たような気がした。