ゲンノショウコ - 歴史ある整腸剤

 ゲンノショウコ(現の証拠)は、フウロソウ科 ウロソウ属の多年草。日本の在来種で、古来より薬草として知られ、ドクダミ(蕺草)やセンブリ(千振)と合わせて、日本の三大民間薬に挙げられる。本種は、下痢止めや胃腸病に効能があり、煎じて飲むとその効果(証拠)が直ぐに現れるので、ゲンノショウコ(現の証拠)と呼ばれるようになった。このため、別名としてはシャイラズ(医者いらず)があり、また種子を弾き飛ばした後の果実の形からミコシグサ(神輿草)、葉の形からネコアシ(猫足)の別名もある。学名の Geranium はギリシャ語の鶴(Geranos)に由来し、花の後できる長い嘴のような果実の形による。いずれも、効用や形状に基ずき、馴染みやすいものである。ところで、ゲンノショウコの品種の分布は、西日本では紅紫色のベニバナゲンノショウコ(紅花現の証拠)が、東日本では白色のシロバナゲンノショウコ(白花現の証拠)が多いと言われているが、学名は同一だ。花色以外の植物としての構造や機能が共通なのだろう。所沢近辺では、両方の花が咲いており、植栽されたものもあるのだろうか。ゲンノショウコの見どころは、初夏から秋に咲くの花と、晩秋に熟す果実の姿だろう。小さくて地味な風情だか、如何にもフウロソウ属らしい姿を道端で見つけると、懐かしいものに出会ったようにほっとする。

ゲンノショウコの花 (2005‎年‎9‎月‎10‎日 東京都薬用植物園)

【基本情報】
 ・名称:ゲンノショウコ(現の証拠)
 ・別名:シャイラズ(医者いらず)、ミコシグサ(神輿草)、ネコアシ(猫足)など、中国名:童氏老鸛草(どうしろうかんそう)
 ・学名:Geranium thunbergia
 ・分類:フウロソウ科 フウロソウ属の多年草
 ・原産地:日本
 ・分布:日本では全国各地、国外では、朝鮮半島、中国大陸など
 ・花言葉:心の強さ、憂いを忘れて

■生態
 山野に生える多年草で、茎は地面を這うように長く伸びて横に広がり、その節々で上に数十cmの高さに伸び、群生をつくる。種子による繁殖とともに、この地下茎や根茎から新しい芽が出しても繁殖可能だ。これにより、同じ場所で継続的に繁茂することができる。また、茎や葉の裏、萼などには全体的に薄い毛に覆われている。葉は長い葉柄がついて対生し、手のひら形の葉は、下部にあるものは深く5裂し、上部のものは深く3裂する。葉の縁は鋸歯型で、葉の質は柔らかい。

株は地表を這うように広がり、群生する (2006‎年‎8‎月‎12‎日 帯広市)

葉は手のひら形で、株元に近い葉は深く5裂する (‎2024‎年‎10‎月‎11‎日 東京都薬用植物園)

枝先に近い葉は深く3裂する (‎2022‎年‎11‎月‎3‎日 東京都薬用植物園)

茎や葉の裏、萼などに短い毛が生える (‎2003‎年‎8‎月‎31‎日 東京都薬用植物園)

■花
 初夏から秋にかけて花が咲く。枝と葉の脇から花軸を出し、その先に花を2個つける。花は小さいが、花の色は紅紫色、淡紅色、白色などでよく目立ち、花弁には淡紫色の筋が入る。花弁と萼は各5枚で重ならず、雄蕊は10本、雌蕊は1本。開花するると、先ず雄蕊の紫色の葯から花粉を出し、やがて雌蕊の柱頭が5裂し始める。柱頭が完全に5裂した頃には、雄蕊の葯は落ちる。これは、 雄性先熟により自家受粉を防ぐ仕掛けだ。ゲンノショウコの花には、ハナバチなどが集まり、花粉の媒介を行う。

枝と葉の脇から花軸を出し、その先に花を2個つける (‎2012‎年‎8‎月‎15‎日 帯広市)

花弁と萼は各5枚で重ならず、雄蕊は10本、雌蕊は1本で、この花は白色 (2004‎年‎8‎月‎12‎日 帯広市)

紅紫色の花 (‎‎2005‎年‎9‎月‎10‎日 東京都薬用植物園)

淡い紫色の花 (2008‎年‎8‎月‎19‎日 帯広市)

開花後暫くして、雌蕊の柱頭が5裂し始める (‎‎‎2004‎年‎7‎月‎4‎日 東京都薬用植物園)

やがて柱頭は完全に5裂する (‎‎‎2004‎年‎7‎月‎4‎日 東京都薬用植物園)

自家受粉を避けるため、花の終わりには雄蕊の葯が落ち、開いた柱頭が残る (2009‎年‎8‎月‎10‎日 帯広市)

花に集まるハナバチの仲間 (2005年9月10日 東京都薬用植物園)

同上 (2013年8月12日 帯広市)

■果実
 花後の果実は、褐色を帯びた緑色で細長い形の蒴果で、毛が密生している。これが熟すと長い鞘の部分は黒くなる。種子は萼の上にあるあるが、蒴果なので鞘の頂点を支点として、果皮が下から5つに裂けて反り返り、その反動で5個の種子を弾き飛ばす。その後は、鞘の頂点に巻き上がった5枚の果皮が残り、この様子がお祭りの神輿のように見えるので、ミコシグサ(神輿草)の別名がある。晩秋の群生地は、空になった蒴果と黄色くなった葉が残る。

花後の果実は細長い形の蒴果で、毛が密生 (‎2024‎年‎10‎月‎11‎日 東京都薬用植物園)

熟すと長い鞘の部分は黒くなり、種子は萼の上にある (‎2023‎年‎11‎月‎22‎日 東京都薬用植物園)

やがて果皮が下から5つに裂けて反り返り、反動で5個の種子を弾き飛ばす (‎2022‎年‎11‎月‎3‎日 東京都薬用植物園)

晩秋の群生地は、空になった蒴果と黄葉が残る (‎2023‎年‎11‎月‎22‎日 東京都薬用植物園)

■ゲンノショウコと日本人
 ゲンノショウコの有用性は、何と言っても生薬だろう。開花時に全草を刈り取り、 乾燥させたのが民間の漢方薬"現之証拠" で、 ゲラニインなどのタンニンを多量に含む。現之証拠は煎じ方次第で含まれる成分の量が変化し、下痢止めにも、 便秘の際に使う緩下剤にもなる。万能の整腸剤であり、中国にはない日本独自の活用方法とのことだ。確かに、子供の頃は北海道に住んでいたが、ゲンノショウコを天日干しし、薬草として利用した記憶はある。現代でも、ゲンノショウコエキスを含む下痢止めの医薬品が開発され、一般向けに市販されている。例えば、ビオフェルミン止瀉薬(大正製薬)、ワカ末止瀉薬(クラシエ薬品)、マイベリンU(田村薬品工業)、紫香(日邦薬品工業)などであり、不意に緊急事態に陥ったとしても、即座にゲンノショウコに助けてもらえるようになった。これは、ゲンノショウコの効用を追求し続けた日本人の知恵だと思う。野に咲く小さいけれど明晰な花を見るたびに、その歴史を思い出そう。