ノブドウ – 不思議な関係

 ノブドウ(野葡萄)は、ブドウ科ノブドウ属の蔓性落葉低木。食用とする房なりのブドウ(ブドウ属)とは別種で、果実は疎らに分散し葉のつき方も異なる。ノブドウは"野葡萄"の名の通り、日本全国の山野や道端に自生する雑木だ。本種は果肉は殆ど無く、味気も無いので、イヌブドウ、カラスブドウの別名もある。食用にはならないが、乾燥させた茎葉や根は"蛇葡萄"、"葡萄根"と呼ばれて関節痛などの生薬となる。そして、夏に咲く黄緑色で小さな地味な花は目立たないが、秋になり果実が出来ると様子が一変し、漸くノブドウの存在に気がつく。 果実は、始めは緑色だが、熟すと光沢のある青色や紫色などに色づき、その大きさも形も微妙に不揃いだ。これは本種が持つ植物的な特性なのか、あるいは、ある種の昆虫に卵を産み付けられて虫こぶとなったためとも言われているが、因果関係は判然としない。この不思議な風景は、植物と昆虫による奇跡的な大自然の営みの一部だ。秋の果実の宝石を散りばめたような美しさは、充分に鑑賞に値する。このため、人間はノブドウの園芸種を創り出すと同時に、一方で旺盛な蔓性の繁殖力を抑制するための方策も画策している。ノブドウと人間の関係も不思議だ。

ノブドウの果実 (‎2010‎年‎10‎月‎16‎日 所沢市)

【基本情報】
 ・名称:ノブドウ(野葡萄)
 ・別名:イヌブドウ、カラスブドウ、中国名:異葉蛇葡萄
 ・学名:Ampelopsis glandulosa var. heterophylla
 ・分類:ブドウ科 ノブドウ属の蔓性落葉低木
 ・原産地:日本の在来種、海外では朝鮮、中国、ロシアに自生
 ・分布:国内では全土
 ・花言葉:慈悲、慈愛、人間愛

■生態
 ノブドウの茎は、根元部分や古い枝は暗灰褐色に木質化するが、若い枝は緑色かやや赤味を帯びる。葉同士は互生するが、蔓と葉、または、花枝と葉は対になってつく。茎から出た蔓は、近くのものに巻き付き、株をしっかりと固定する。葉の大きさには大小あり、形はほぼ円形で先端が3~5裂する。普通の葉は3裂だが、深く5裂するものもあり、これをキレハノブドウとして区別することがある。このため、葉の形からノブドウを同定することは難しい。

フェンスを覆い、群生するノブドウ (‎‎2021‎年‎10‎月‎15‎日 所沢市)

茎の基部は木質化して暗灰褐色になり、春に新芽が出る (‎2024‎年‎9‎月‎26‎日 所沢市)

茎から出た蔓は、近くのものに巻き付き株を固定する (‎2024‎年‎9‎月‎26‎日 所沢市)

茎の先端では、花や果実の枝と葉は対になってつく (‎2024‎年‎9‎月‎20‎日 所沢市)

葉の形は、ほぼ円形で葉先が3裂したもの (‎2024‎年‎9‎月‎20‎日 所沢市)

深く5裂したキレハノブドウの葉 (‎2024‎年‎9‎月‎20‎日 所沢市)

■花
 茎の先では、葉と花序が対でつき、これらが基部から先端まで繰り返される。基部から先端の順に生育し、基部には青い果実、中程には花、先端部は蕾が同居すること時期もある。ノブドウは雌雄同株で、花は両性花のみ。萼は5枚、花弁は5枚、雄蕊は5本、中央に雌蕊がある。稀に、花弁が6枚あるものがあるが、このとき雄蕊は5本のものも6本のものもあり、植物の遺伝的制御がやや緩いのかもしれない。雄蕊に囲まれた円い領域を花盤と言い、雄蕊や雌蕊を物理的に支えると同時に、花から出る密を貯めておく場所でもある。ここには蜜を求めて多くの昆虫が集まってくる。花が咲いた後に、花弁と雄蕊が落ち、子房が膨らんでくる。

枝の基部から先端に成長し、果実、花、蕾が並ぶ (‎2014‎年8‎月‎22‎日 所沢市)

花は両性花で花弁は5枚、雄蕊は5本、中央に雌蕊 (‎2024‎年‎9‎月‎23‎日 所沢市)

横から見た花、萼は5個 (‎2024‎年‎9‎月‎20‎日 所沢市)

花盤は雄蕊と雌蕊を支え、その中に蜜が貯まる (‎2024‎年‎9‎月‎26日 所沢市)

花盤には蜜を求めて昆虫が集まる (‎2024‎年‎9‎月‎20‎日 所沢市)

稀に6弁の花もある (‎2024‎年‎9‎月‎23日 所沢市)

花弁と雄蕊は落ち、子房が成長する (‎2023‎年‎10‎月‎11‎日 所沢市)

■果実
 ノブドウの果実については、謎が多い。先ず色だが、若い果実は緑色で間違いないが、次第に白や青、紫などの濃い色に変化すると言われるが、これは誤りと思う。はじめの緑色の果実から、様々な色に変化するのはノブドウとしての基本的な性格かもしれない。晩秋になっても果実は色とりどりだからだ。しかし、もう一つ重要な原因があると考えられている。それは虫こぶと呼ばれる現象で、ブドウミタマバエやブドウトガリバチといった昆虫の幼虫が果実の中にしばしば寄生することがあり、これが原因で果実の色が変化するのではないかとの仮説がある。また、ノブドウの果実の形や大きさが不揃いなのも、この虫こぶが原因と言われている。これまで諸説があるが、具体的なレポートとしてはウェブ記事の続・樹の散歩道"ノブドウの果実の多様な色は虫えい故なのか? そもそも正常な果実とはどんな色なのか?"(ここを参照)に詳しい。現状では、未だ研究過程にあり、ノブドウの色と形に関する謎は残ったままだ。

花後にできる緑色の若い果実 (‎2023‎年‎10‎月‎11‎日 所沢市)

白系統の果実 (‎‎2005‎年‎11‎月‎19‎日 所沢市)

青系統の果実 (‎‎‎2012‎年‎10‎月‎20‎日 所沢市)

紫系統の果実 (‎‎‎‎2014‎年‎11‎月‎19‎日 所沢市)

枝には様々な色の果実が混じり合う (‎‎‎‎‎‎2021‎年‎9‎月‎12‎日 所沢市)

同上 (‎‎‎‎‎‎2010‎年‎10‎月‎16‎日 所沢市)

果実の大きさや形状が不揃いになるのは、虫が入るためらしい (‎‎‎‎‎2021‎年‎10‎月‎15‎日 所沢市)

晩秋になると黄葉するが、果実の色は様々 (‎‎‎‎‎‎‎2011‎年‎11‎月‎26‎日 所沢市)

同上 (‎‎‎‎‎‎2010‎年‎12‎月‎4‎日 所沢市)

■ノブドウと日本人
 奥羽地方では、ノブドウを"メクラブドウ"と言い、宮沢賢治は若い頃にこれを題材として童話"めくらぶどうと虹"を書いた。概略は【めくらぶどうはある予感を抱いていた。もしもあのお方(虹)と、一言だけでも言葉を交わすことができたなら、枯れてしまっても構わないとさえ思っていた。ついに、あのお方が、山脈の上の空に明るい夢の橋のように現れた。めくらぶどうは感激と緊張に声を震わせながら、「どうか私のうやまいを受けとってくださいと」叫んだ。虹は、「私に与えられたすべての褒め言葉は、そのままあなたに贈られます。私はどこへも行かず、あなたとともに在ります。」と言った。やがて、お日様は遠くなり、虹は消えた。】童話にしては少し難しいが、賢治の思想や信条を表現したような物語だ。全文は青空文庫にある(ここを参照)。この物語の主人公は、ノブドウ(めくらぶどう)と虹だ。虹は七色の光を放ち、誰もが憧れ癒やされる存在だ。一方、ノブドウは、侵略性の強い雑木であり、敢えて良いところを探せば、秋の様々な色に輝く果実だろう。主人公のノブドウは、虹と同様に多彩な色彩を持ちながら、自分はなぜこのような境遇にあるのか、虹に聞いてみたかったのかもしれない。物語の結末は兎も角、賢治はノブドウには何か格別な存在感があるように思ったいたのだろう。