ヤブガラシ - 東日本では利他主義者

 ヤブガラシ(薮枯)は、ブドウ科ヤブカラシ属の蔓性多年草。日本在来の雑草であり、北海道西南部から沖縄まで、各地の道端や野原、林縁などに自生。ヤブガラシの名の由来は、旺盛な繁殖力で樹木に巻きつき、薮を枯らすほど繁茂すること。別名のビンボウカズラ(貧乏蔓)は、この植物に絡まれた家屋を見ると、家屋が貧相に見えたり、庭の手入れも出来ないほど貧乏とか、この植物が繁ると貧乏の始まりとか、尤もらしい逸話に溢れている。ヤブガラシは人間にとってはたいして有用な植物とは言えないけれど、夏に扁平な集散花序がつき花が咲き始めると、繁殖のための理にかなった花の変化に驚かされたり、また、花の蜜を求めて多くの昆虫が集合して賑やかな社交場にもなったりする。また、花柄付近につく謎の球体(真珠体)の存在とか、関東以北の個体は染色体の関係で実をつけない(中部以西では実をつける)など、意外な現象も存在する。ヤブガラシはどのような植物だろうか?

樹木を覆うヤブガラシ (2024年9月11日 所沢市)

【基本情報】
 ・名称:ヤブガラシ(薮枯)【ヤブカラシの表記もある】
 ・別名:ビンボウカズラ(貧乏葛)、ロウソクバナ(蝋燭花)、英名:Bush killer
 ・学名:Causonis japonica
 ・分類:ブドウ科 ヤブカラシ属の蔓性植物
 ・原産地:東南アジア、日本
 ・分布:日本では、北海道西南部から沖縄まで
 ・花言葉:不倫、攻撃性に富んだ、積極性のある

■生態
 ヤブガラシは、地中に地上茎を伸ばし、毎年そこから新しい芽を出す。この方法は繁殖手段の一つでもある。茎を伸ばしなから蔓で他の植物に絡みつき、全長は数mになる。蔓は葉と対生し、葉は茎に対し互生する。葉の構成は5枚の小葉からなる鳥足状複葉で、小葉は縁に鋸歯のあり先端が尖った卵形。

他の木に絡みついて伸びるヤブガラシ (2024年9月11日 所沢市)

畑の縁から伸びる若い株 (‎2024‎年‎5‎月‎2‎日 所沢市)

蔓は葉と対生し、葉は5枚の小葉からなる鳥足状複葉で茎に対し互生 (‎2024‎年‎8‎月‎5‎日 所沢市)

カラスウリの葉に巻きつく蔓 (‎‎2024‎年‎9‎月‎11‎日 所沢市)

■花
 夏になると、葉のつけ根に花序が生成され、多くの蕾がつく。やがて、偏平な集散花序の上に多数の淡緑色の小さな花が徐々に開花する。花は、花弁4枚、雄蕊4本、雌蕊1本と、これらを支える花盤からなる。花弁と雄蕊は開花後半日程で落ち、白色の雌蕊が花盤の中央に残る。この様子が蝋燭に似ているので、ロウソクバナ(蝋燭花)の別名もある。この花盤は蜜が豊富で、これを目当てに多くの昆虫が集まる。ヤブガラシは他家受粉でしか結実出来ないので、多くの花が咲いても果実までできるケースは少ない。
 ヤブガラシの花は両性花であり、自家受粉を避けるため、雄性先熟が実行されている。花の咲き始めの雄性期には、花弁が開き雄蕊が伸び葯が開いて花粉を供給できるようになるが、その時雌蕊は未だ未熟で短い状態だ。花弁と雄蕊が落ちると、雌性期に入り雌蕊の花柱が伸びて、他の花からの花粉を受け入れが可能になる。花粉の仲介をする昆虫を引き寄せるため、花盤には密が溢れ出る状態になる。ヤブガラシの花では、この花盤が独特で重要な役割を担っているように見える。花盤の色は、雄性期では濃い黄色か橙色、雌性期の終わりにはピンク色になる。

葉のつけ根から、蕾の花序がでる (‎2002‎年‎9‎月‎15‎日 所沢市)

偏平な集散花序の上に花が並ぶ (‎2008‎年‎6‎月‎28‎日 所沢市)

花序には蕾や花が混在する (‎‎2004‎年‎7‎月‎31‎日 所沢市)

雄性期の花は花弁が4枚、雄蕊が4本、雌蕊の花柱は未だ短い (‎‎2022‎年‎10‎月‎27‎日 所沢市)

雄性期の花盤は、濃い黄色か橙色 (‎2023‎年‎6‎月‎13‎日 所沢市)

やがて花盤に密が溢れ出す (‎2015‎年‎9‎月‎13‎日 所沢市)

花弁と雄蕊が落ち、雌性期に入る (‎2023‎年‎6‎月‎13‎日 所沢市)

雌性期には、花盤はピンク色へ変化する (‎‎2019‎年‎7‎月‎6‎日 所沢市)

■花柄につく小さな球体 - 真珠体
 ヤブガラシの花は小さく、写真を撮るにも手ぶれを起こさないよう気合が必要だ。このとき、花より更に小さい球体で透明なものが、あちこちに点在するのに気がついた。昆虫類の卵か、それともヤブガラシの植物体の付属物か…と調べてみると、これは"真珠体"と呼ばれる植物体由来の栄養体とのことだ。詳しいレポートはここを参照。もし、昆虫向けのものだとしたら、すぐ近くにある花盤の中には豊富な密があるのに、真珠体の存在理由は何なのか、謎は残る。

矢印の先に球形の真珠体 (‎‎‎2024‎年‎9‎月‎11‎日 所沢市)

同上 (‎‎‎2023‎年9‎月‎13‎日 所沢市)

■花に集まる昆虫
 ヤブガラシに集まる昆虫で目立つのはスズメバチのようなカリバチの仲間。目的の密の他に、植物を食べる幼虫などもついでに捕食するのかもしれない。ハナバチやチョウの類は密が目的と思うが、ハナムグリやアリは花や葉も食べることもあるのだろうか。昆虫にとって花が咲く扁平の花序は蜜で溢れたレストランのようなものかもしれないが、スズメバチに見つかると一瞬にして修羅場にもなり得る恐ろしいところでもある。

ヒメスズメバチ (‎2007‎年‎7‎月‎16‎日 所沢市)

ヒメハラナガツチバチ (‎2007‎年‎7‎月‎16‎日 所沢市)

アゲハチョウ (‎‎2014‎年‎7‎月‎22‎日 所沢市)

キマダラセセリ (‎2024‎年‎8‎月‎5‎日 所沢市)

シロテンハナムグリ (‎‎2024‎年‎8‎月‎5‎日 所沢市)

アリの仲間 (‎‎‎2018‎年‎8‎月‎19‎日 所沢市)

■果実
 ヤブガラシの関東以北の自生株は果実が出来ず、中部以西の自生株には果実が出来るものがある。これは親世代の植物から受け継いだ染色体によるものだ。雌雄の親からもらった2つの染色体を持つ植物(二倍体)は、繁殖が出来る。ところが、何らかの変異で3つの染色体を持ってしまった場合(三倍体)は、種子を形成する過程で減数分裂が出来ず子孫を残せない。農業では、薬品を使って三倍体の種無しスイカなどをつくっているが、ヤブガラシの場合は関東以北で自然変異が起き、三倍体の株が出来たのだろう。従って、所沢あたりでは、花が終わったあとの花序には果実はつかず、果枝だけが残る。このため、当地ではヤブガラシの繁殖は、地下茎による栄養繁殖が唯一の方法になる。それでも、繁殖力は強力だ。

関東以北のヤブカラシには、花期が終わっても果実は出来ない (‎‎‎2024‎年‎9‎月‎11‎日 所沢市)

■ヤブガラシと日本人
 本種は旺盛な繁殖力のため、人からはヤブガラシとかビンボウカズラとか不名誉な名で呼ばれ、花も小さく目立たないので、殆ど価値のない雑草として認識されている。しかし、自家受粉を避けるためのアルゴリズムや、花盤にあふれる蜜で昆虫を引き寄せる技には感心する。ところが、関東以北のヤブガラシは、花の時期の活発な活動が稔らずに果実も出来ずに枯れてしまうのである。つまり、ヤブガラシの立場からは、わざわざ花を咲かせる必要はなかったのだ。しかし、花盤にあふれる蜜は多くの昆虫の栄養となり、生態系の維持に寄与している。結局、ヤブガラシは昆虫に無償の愛を捧げる人格者、または自分のことは兎も角、他者の利益を第一に考える利他主義者なのだろう。