カラスウリ - 真夏の夜の神秘的な花


 カラスウリ(烏瓜)は、ウリ科カラスウリ属の蔓性多年草。日本の在来種で、各地の山野や藪かげなどで、草木に絡みついて自生する。カラスウリの名の由来は、カラスが好んで果実を食べるからと言う説は事実ではない。カラスウリは木に巻き付いて木を枯らす"枯らす瓜"説もツタの細さをからすると信じ難い。漢字の烏瓜は正確には"唐朱瓜"に由来し、唐伝来の朱墨(あかず)の色がカラスウリの実に似ていることからとの説がある。少し苦しい説明だが、そうかも知れない。秋から冬にかけて赤く大きな果実が木々に引っかかっている風景は、この時期の風物詩だ。しかし、カラスウリを語るうえで欠かせないのは、夏の夜に密かに咲く白いレースのような花だ。まるで、一夜限りの聖ヴァルプルギスの夜の故事のように、日が暮れると花が開き、精一杯の活動をして、明け方とともに花は萎む。健全な生活人は、カラスウリの見事な花は見たことがないかもしれない。どのような花だろうか。

夜に咲くカラスウリの花 (2008‎年‎7‎月‎26‎日 所沢市)

【基本情報】
 ・名称:カラスウリ(烏瓜)
 ・別名:クマズサ、タマズサ(玉梓、玉章)、チョウジウリ、キツネノマクラ、ムスビショウ、ヤブキュウリ、中国名:王瓜
 ・学名:Trichosanthes cucumeroides
 ・分類:ウリ科 カラスウリ属の蔓性多年草
 ・原産地:日本、中国
 ・分布:日本では海道から九州に自生
 ・花言葉:誠実、よき便り、男嫌い

■形態
 地上部は冬には枯れるが、地中にある塊根で越冬する。春になると芽を出すが、実生もする。蔓性の多年草で巻きひげで他の草木に絡みつきながら伸びていく。葉は心臓形や掌形で浅く3 ~ 5裂し、縁に鋸歯がある。雌雄異株なので、雄株と雌株の間で花粉を授受する媒介者が必要となる。受精した雌花から果実ができ、種子をつくる。そればかりか、秋になると、夏に延びた地上の蔓が地面に延び、先端が地表に触れると、そこに新たな塊根を作って栄養繁殖もする。

蔓は巻きヒゲで草木に巻き付く (2009‎年‎7‎月‎19‎日 所沢市)

葉は3~5裂し、縁に鋸歯 (‎2024‎年‎7‎月‎30‎日 所沢市)

カラスウリの果実 (2003‎年‎12‎月‎14‎日 所沢市)

■花
 カラスウリは雌雄異株で、蕾の段階で形状が異なる。雌花は花序をつくらず、花芽は単独でつくのが普通。蕾部分と葉の付け根部分は長い萼筒で繋がれ、葉の付け根部分に子房があって膨らんでいるので、蕾の段階で雌花と分かる。雄花は房状の花序をつくり、花芽は1か所から複数つき、数日間連続して順次開花する。勿論、葉の付け根に近い萼筒に膨らみはない。

雌花の蕾、萼筒の基部に子房の膨らみがある (‎2024‎年‎7‎月‎19日 所沢市)

雄花の蕾、葉の脇から複数の花芽がつく (‎2024‎年‎7‎月‎30‎日 所沢市)

 花期は盛夏。日没頃に開花を始め、翌朝には萎む夜間のみの一日花。花が咲くと、長い萼筒の先に5裂した花弁があり、その先には更にレース状に細かく裂けたような糸状のものがつき、これが一面に拡がり見事な花を構成する。開花すると花弁は次第に後方に反り、花の中央部が露出する。雌花は雌蕊の先端が3 裂した柱頭があり、それが上方に突き出す。雄花の雄蕊の黄色い葯は花の中央にあり、葯と花弁の隙間に花粉が見える。花の蜜はこの奥にあるのだろう。カラスウリの受粉を媒介する昆虫は長い口吻を持ち、飛翔しながら空中で静止もできるスズメガと言われている。夜に咲く白く大きな花、そして反り返ったカラスウリの花は、スズメガにとって暗闇の世界で雄蕊や雌蕊を目指すのには視界良好なのだろう。

雌花は開花すると、雌蕊の柱頭が3裂し突き出す (2003‎年‎7‎月‎29‎日 武蔵野市)

同上 (2004年6月29日 武蔵野市)

開花した雄花 (2005‎年‎7‎月‎23‎日 所沢市)

雄蕊の葯の様子 (2008‎年‎7‎月‎26‎日 所沢市)

開花後、花は次第に後方に反る (2007‎年‎7‎月‎27‎日 所沢市)

同上 (2007‎年‎7‎月‎27‎日 所沢市)

 夜が明けると、レース部分をたたみ込むように花は萎む。雄花は間もなく萼筒の基部から落ちる。雌花の萼筒は子房がついたまま残り、やがて楕円体の果実になる。

花は夜明け頃にレースのような花弁を丸めて閉じる (2007‎年‎7‎月‎27‎日 所沢市)

■小動物との関係
 夜の花の撮影時には、残念ながら花粉の媒介者と言われる夜行性のスズメガには遭遇しなかった。しかし、一般的な夜行性のアヤナミノメイガ(ツトガ科ノメイガ亜科)はいた。豪華なベンチのような花の上で一休みでもしているのだろうか。

アヤナミノメイガ (‎2009‎年‎7‎月‎19‎日 所沢市)

 それよりも目立つのはナメクジだ。葉の上を歩き回ると白い奇跡が残る。花の上にも出現し、どうやら花を食べているようだ。この破壊者にとっては、涼しい夜の快適なレストランのようだ。

ナメクジ (‎2009‎年‎7‎月‎19‎日 所沢市)

 更に、茎にも虫がつく。カラスウリの茎が肥大して曲がりくねった虫瘤は、文字通り"カラスウリクキフクレフシ"と言われ、ウリウロコタマバエの寄生による。ウリウロコタマバエが茎に産卵し、その中で幼虫が孵化し、そのまま越冬するらしい。

カラスウリの虫瘤 (‎2023‎年‎9‎月‎26‎日 所沢市)

■果実
 秋になると、雌株の受精した雌花に果実ができる。形状は楕円体で、表面の色は未熟なうちは緑色に縦の筋模様があり、熟すにつれて模様は消え、表面は黄色を経て赤くなる。高い木に絡まった蔓に幾つかの果実がぶら下がる姿は、秋の風物詩だ。果実は液果で、中にカマキリの頭のような、または打ち出の小槌の様な形の種子が入っている。これが枝に結びつけた手紙に見立てタマズサ(玉梓、玉章)との別名もある。冬になると、種子は落ち、赤から褐色になった果実の殻が寒空に残る。

未熟な果実は緑色で筋模様がある (‎2020‎年‎9‎月‎22‎日 所沢市)

果実が熟すと緑、黄、赤へと変化する (‎‎2011‎年‎10‎月‎8‎日 所沢市)

同上 (‎2018‎年‎10‎月‎21‎日 所沢市)

熟した晩秋の果実 (‎2018‎年‎11‎月‎11‎日 所沢市)

冬空に残された果実の殻 (‎2006‎年‎1‎月‎8‎日 所沢市)

■カラスウリと日本人
 カラスウリは奔放に蔓を伸ばすワイルドな雑草だ。成長するにつれ周囲の植物を覆い隠し、ぐるぐる巻きにして自己主張をする。従って庭に植栽されることはなく、山野以外では 垣根代わりの植林や金網のフェンスあたりに勝手に自生する。秋に実る果実は手頃な大きさで赤く美しく、花材にぴったりだ。打ち出の小槌の様な種子も金運の良い縁起物だ。しかし、夏の一夜の饗宴が始まり、白いレースのような馴染みのない異次元から出現したような花が咲き、受粉が行われ次世代へと命がつながる。この神秘的なイベントを知り得るのは、物好きな夜の徘徊者だけだ。秋の長閑な風情と夏の夜の奇妙な情景は、カラスウリの本質的な二面性だ。このことは、カラスウリの生存戦略として否定はできないが、多少の違和感と神秘性を感じてしまう。カラスウリとは少し距離を置きながら、花や果実の美しさを称賛したい気分だ。