ノビル - ムカゴか花か、それが問題だ
ノビル(野蒜)は、ヒガンバナ科ネギ属の多年草。原産地は定かでないが、東アジアに広く分布する。日本では、食用野草として昔から知られていて、野に自生するヒル(蒜)という意味でノビルと命名された。蒜とはネギやニンニク、ニラなどネギ属の野菜の古称で、食べると辛く舌がヒリヒリすることにちなむ。北海道から沖縄まで、人間の生活圏の草地に自生する。ノビルを特徴づけるのは、ムカゴ(珠芽)の存在だ。蕾から花が咲くが、一部が花にならずムカゴとなって、果実を作ること無く地上に落ちて芽を出す。一方、花をつけたものは通常の方法で果実や種子をつくる。どのようなアルゴリズムで、ムカゴと花の割合を決めるのかは分からないが、どちらでも生き残れる巧みな戦略だ。ノビルは野原に行けばすぐ見つかる身近な自生食用野菜だが、有毒のヒガンバナ科のスイセンやタマスダレ、ヒガンバナの葉に似ているので、注意も必要だ。

【基本情報】
・名称:ノビル(野蒜)
・別名:ヤマビル(山蒜)、ネビル(根蒜)、コビル(小蒜)、ショウコンサン(漢名:小根蒜)
・学名:Allium macrostemon
・分類:ヒガンバナ科 ネギ亜科 ネギ属の多年草
・原産地:インド北部からヒマラヤにかけての高地東アジア、または東アジア
・分布:日本では、北海道から沖縄までの丈の低い草が生える場所に自生
・花言葉:タフなあなたのことが好き
■生態
地下に小さな球形の鱗茎(りんけい:栄養分を貯蔵する機能)から、晩秋に地上に細い葉を伸ばす。初夏になると、葉よりも高く花茎を伸ばし、先端に小花が多数球状に集まった散形花序をつける。開花の時期を迎えると、花茎の頂に、花になるはずの細胞が変化した小さな球根のようなムカゴができる場合があり、これが地上に落ちて新しい個体となって根が生え繁殖する。そしてこのように開花前から花を咲かせずにムカゴだけが着生するものや、花を咲かせている個体でも一部がムカゴに変化してこれらが入り混じるケースもある。従って花の時期には、花序によって花とムカゴの割合が異なる不規則な現象が起こる。









■花
蕾の総苞が破れると花かムカゴができる。花は、白色または淡紅紫色を帯び、小さな花が球を描くように集まる。花被片が6枚だが、花弁は3枚、残り3枚は萼が変化したものと言われているが区別はつかない。花被片の中央には濃紫色の筋が1本あり、花柄はやや長い。雄蕊は6本で長く、花弁の外側まで伸びる。雌蕊が1本だが、子房は3つに分かれる。花期が終わると果実ができ、1つの花につき種子は3個できるらしいが、この果実が成熟するプロセスは残念ながら見たことがない。これが稀なケースなのか、ムカゴは見映えしない風体なのでその他大勢の雑草とともに刈り取られてしまったのかもしれない。


■ノビルと日本人
ノビルは野菜扱いされず"食べられる野草"として、鱗茎はシャキシャキとした食感を活かし生で、葉は万能ネギのように薬味として、若芽は天ぷらにされて食べられた。また、薬用としては、鱗茎を天日乾燥したものが生薬"薤白(がいはく)"となり、ラッキョウと同様な薬効を持つ。どうやら日本人にとっては、ノビルは程よい距離感で日本人の生活感を支えてきたようだ。海外に目を向けると、ノビルの近縁種が食用として注目はされているが、駆除ができないほど厄介な雑草として扱われているようだ。この食用としての観点からは、佐賀大学がノビルの食用に有望な系統を選抜し育成して機能性を追求してして、野菜としてのブランド化を目指している。やがてノビルは"食べられる野草"から"独特の風味を持つ野菜"となり、日本人との関係もより緊密になるかもしれない。