ヤブタバコ - 秘かに下向きに咲く花
ヤブタバコは、キク科ガンクビソウ属の越年草。東アジアに広く分布し、日本でも北海道から琉球列島まで分布し、日本の在来種。ヤブタバコの名の由来は、葉の形がタバコ(ナス科タバコ属)の楕円形の大きな葉に似ているからとの説が有力だが、全く別種の植物なのに誤解を与えそう。ヤブタバコの特徴は、多くの花が茎に沿って咲くが、花が下向きに付くので、散歩していて上からの眺めても殆んど気が付かないこと。植物観察者の立場からすると、ヤブタバコの独特な形態に触れて、茎を裏返しにして隠れていた多数の花を発見すると、自分の目は節穴かと思い知らされる。日本古来より存在しながら、地味で目立たないヤブタバコとはどんな植物なのだろうか。

【基本情報】
・名称:ヤブタバコ(藪煙草)
・漢名:天名精(てんみょうせい)
・学名:Carpesium abrotanoides L.
・分類:キク科 ガンクビソウ属の越年草
・原産地:日本を含めた東アジア
・分布:日本では、北海道から琉球列島まで
・花言葉:豊かな感情
■成長過程
ヤブタバコが芽を出し成長を始める時期は、葉は楕円形ではあるが、他の植物と区別できるような特徴はない。この時期の姿は山野でなく植物園で知った。やがて茎は真っ直ぐに立つが、ある点からほぼ水平方向に放射状に数本の枝を出して伸びる。これらの枝の葉は長楕円形で互生し、葉が茎につく部分毎に下向きに花芽を出す。



■花
花は、横に伸びる茎に互生する葉の根本から、短い花柄を介して、小花が集まって形成される頭状花を下向きにつける。頭状花の中心部は両性花、周辺に雌花がある。両性花には雌蕊も雄蕊もあるので自家受粉が可能で、生き残りには有利。頭状花を包むように基部に鐘球形の総苞片が3列あるが、外側のものは小葉のようで分かり易い。





■花に集まる昆虫
ヤブタバコに集まってくる昆虫としては、キク科植物に寄生するアブラムシの一種である赤茶色の小さなヤブタバココナジラミモドキがおり、このアブラムシから甘露をもらうためにアリの一種アミメアリも集まってくるようだ。

■果実
ヤブタバコの果実は痩果(そうか)と呼ばれ、小さな乾いた果実で、果皮は硬くて裂開せず,中に1種子を持つ。キク科の実ではあるが冠毛が無いので風には飛ばされない。代わりに粘着性があり、服や動物の毛に着いて運ばれる。所謂"ひっつき虫"の一つ。



■近縁種ガンクビソウ(雁首草)
ヤブタバコの近縁種に同じキク科ヤブタバコ属のガンクビソウ(雁首草)も所沢近辺では良く見かける。雰囲気はよく似ているが、良く観察すると相違点が見つかる。一番分かり易いのは花のつき方で、茎から伸びた柄の先端に頭状花が1つついていればガンクビソウ、頭状花が短い柄で茎にぴったり接しているのがヤブタバコ。他には、ガンクビソウの方が頭状花は大きく、また、ガンクビソウの頭状花の基部には葉状の大きな総苞片が数個つくが、ヤブタバコには比較的小さな総苞片がつく…等々。先ず、全体の茎と花の関係で判断できる。



■ヤブタバコと日本人
古来より日本にある植物なので、若い葉を茹でて水にさらして食用としたり、葉を乾燥させたものを打ち身、腫れ物、止血などに用いた。また、痩果は人間の腸に寄生するサナダムシ虫の駆除に使われた。
現代の日本人にとっては、身近な山野に自生はしていても、ハチやチョウも集まらず秘かに下を向いて咲く花には、その存在さえも気が付かないので、この植物を愛でる気持ちも季節感も湧かない。しかし、その正体を知ったときの驚きは尋常のものではない。植物の多様性を感じさせる植物だ。