オオアラセイトウ - 美しさに忖度

 オオアラセイトウ(大紫羅欄花)はアブラナ科オオアラセイトウ属の一年草だが、発芽した状態で冬を越し、春に開花する越年草。国内に広く分布し、花は美しく観賞用でもあり、別名も多い。中国三国時代の蜀漢の軍師諸葛孔明が陣を張ったときに真っ先にこの花の種を播いたという伝説からショカツサイ(諸葛菜)。また、実用的には野菜でもあり食用油の原料でもあり、そして菜の花(アブラナ)に形状が似ているので、紫色の菜の花と言う意味でムラサキハナナ(紫花菜)、同様な意味で本種の普及のため使われた名がシキンソウ(紫金草)。また、ハナダイコン(花大根)の名もあるが、花の外観が類似した同科ハナダイコン属の植物にも与えられているので、誤解を与えるかもしれない。

 オオアラセイトウは中国原産で、ヨーロッパ南部にも帰化している。日本には、観賞用および油採取用に、遅くとも19世紀末には導入された。20世紀中頃から各地の農地の拡大や都市化の進行、そしてライバルのモンシロチョウに圧倒されていったん減少したスジグロシロチョウが、20世紀後期になって都市部を中心に個体群を増大させたのは、スジグロシロチョウの食草として好適なオオアラセイトウの分布拡大に寄与したと言われている。どうやらオオアラセイトウの存在は、人間界にも自然界にも少なからず影響があるようだ。

 春になると桜の開花より早く、陽当りの良い野原に群生し、青みがかった紫色の花が絨毯のように広がる様子は野性味と同時に華やかさも感じさせる。その反面、繁殖力が強い外来種でもあり、在来種からすると手強いライバルでもある。おまけに、園芸の世界ではムラサキハナナとして人気があり良く栽培されている。人間は美しいものに弱い。オオアラセイトウは人の手によって増えてきたが、その影響は大目に見てきた。このままで生物多様性に不都合が生じないのだろうか。

民家近くに群生するオオアラセイトウ (2023年3月27日 所沢市)

【基本情報】
 ・名称:オオアラセイトウ(大紫羅欄花)
 ・別名:ショカツサイ(諸葛菜)、ムラサキハナナ(紫花菜)、シキンソウ(紫金草)、ハナダイコン(花大根)
  ・学名:Orychophragmus violaceus
 ・分類:アブラナ科 オオアラセイトウ属の越年草
 ・原産地:中国
 ・分布:日本では全国各地
 ・花言葉:知恵の泉、優秀

■オオアラセイトウの形態
 花のつき方は総状花序で、長く伸びた花軸に花柄のある花を均等につける。花弁は4枚が十字状につき、雄蕊は6本で外から見える葯は黄色、雌蕊も黄色で中央に1本。萼は筒状で細長く、花と同じく紫色。果実は先端が細長いアブラナ科特有の長角果をつけ、内部に黒褐色の種子を多数つける。熟すと自然に裂けて開き種子を弾き出す。葉は、根出葉や下部の葉は有柄で羽状に分裂するが、花に近い上部の葉は部分的に鋸歯縁となり、無柄で茎を囲む構造になっている。

3月初旬には株が成長し開花が始まる (2024年3月4日 所沢市)

茎上部の蕾 (2024年3月4日 所沢市)

総状花序と茎を囲む葉 (2023年3月27日 所沢市)

総状花序の上部 (2013年3月23日 所沢市)

上から見た花群 (2020年4月4日 所沢市)

花 (2005年4月23日 所沢市)

萼は筒状で細長い (2012年4月8日 所沢市)

花 (2004年4月10日 東京都薬用植物園)

花弁、雄蕊、雌蕊 (2010年4月10日 所沢市)

横から見た花 (2010年5月22日 所沢市)

密を吸うハナバチ (2010年5月22日 所沢市)

花が終わったものから次々に鞘のような果実が伸びる (2001年5月1日 所沢市)

やがて鞘だらけになり、熟すと種を飛ばす (2023年5月2日 所沢市)

■オオアラセイトウと日本人
 オオアラセイトウの原産地中国北部では、開花前の若葉を野菜とし、また種子からはアブラナと同様に油を採取していた。日本では、第2次大戦の戦中・戦後に紫金草の名で普及活動が行われた時期もあったらしい。しかし、現在の日本では、在来種や輸入種の黄色い花を咲かせるアブラナ科の菜の花類の品種改良が進んでおり、この目的での紫色のオオアラセイトウの出番は少なくなったようだ。オオアラセイトウの早春の若葉をおひたし、炒めもの、味噌汁などで食べると、ほろ苦い大人の嗜好に合うかもしれないが…。

 そうすると、日本人にとってオオアラセイトウの存在意義は何か? 先ずは、花の美しさを愛でるための観賞用。更には、第2次大戦の戦地となった満州や中国各地から引き上げてきた日本人が"平和の花"として日中戦争の悲劇を繰り返さないためのシンボルとして持ち帰った歴史がある。春の紫色の絨毯を眺めるたびに平和を願うのだろう。この様な事情があり、日本人はオオアラセイトウには優しく、忖度をする。一方で、外来品種の旺盛な繁殖能力も持ち合わせているので、自然環境の中で在来植物との共存が維持できるかはこれからの重要な課題と思う。