ロウバイ – 風変りな春の使者

 冬の散歩道は寂しい。色褪せた常緑樹を眺めながら、落葉樹の枯れ葉を踏みしめながら歩く。植物たちは寒さに耐えながら季節の遷り変わりを静かに待ち構えている。そのような時期でも見事に咲く花はある。ロウバイだ。人の背丈より少し高い木の枝に黄色い蕾や花が鈴なりになっている。特に目を引くのは透けたような黄色い花弁で、この質感は独特のものだ。また、周りに漂う甘い香りも良い。

 ロウバイはクスノキ目ロウバイ科の落葉樹で、中国原産。江戸時代初期に日本に伝わり、庭木として日本各地で植栽されている。身近なところでは、埼玉県長瀞の宝登山山頂のロウバイ園はその規模と眺望で有名。また、所沢市の航空公園内の日本庭園彩翔亭に隣接してロウバイ園があり、ここでは多くのロウバイの品種を観賞できる。近所の所沢市北野にある 梅林山全徳寺の山門付近にロウバイが植えられ、開花時期には地元のニュースとなり、三々五々見物者が訪れる。また、民家の庭でも時々見かける。冬に逸早く咲く花として、すっかり定着しているようだ。

全徳寺山門のロウバイ (2003年12月30日 所沢市)

【基本情報】
 ・名称:ロウバイ(蝋梅)、別名:カラウメ(唐梅)
 ・学名:Chimonanthus praecox
 ・分類:クスノキ目 ロウバイ科 ロウバイ属
 ・原産地:中国
 ・性質:低木の落葉広葉樹
 ・用途:庭木
 ・花言葉:慈しみ、ゆかしさ、先導、先見

■ロウバイの種類
・ロウバイ(蝋梅)
 ロウバイ類の基本品種で、花の中心部は暗紫色、その周囲が黄色で、花弁は細め。 外来種だが、ロウバイ類の中では古くからあるのでワロウバイ(和蝋梅)とも呼ばれる。

ロウバイの花 (2015年1月16日 所沢市)

・ソシンロウバイ(素心蝋梅)
 花芯も花弁も含め、花全体が黄色。他品種より香りは強い。最もポピュラーな品種。

ソシンロウバイの花 (2012年2月19日 所沢市)

・マンゲツロウバイ(満月蝋梅)
 花の周囲は黄色でも花芯部分が紫色を帯びる。花の真ん中に満月が浮かんで見えるので命名されたとのこと。素晴らしい発想だ。他品種より花が大きめで花弁が丸目で花色が濃い。素心蝋梅の実生から選抜された品種。

マンゲツロウバイの花 (2014年1月11日 所沢市)

■花の構造
 春に咲くサクラの花は、萼片が5枚、花弁も5枚で互い違いに並び、それぞれの大きさもほぼ同じで、花の構造は規則的だ。一方、ロウバイの花は萼片と花弁の区別がつかない。そのため、萼片と花弁を併せて花被と呼び、一つの花に花被は10~20枚ある。下の写真の例では花被は14枚だった。このような不規則な花の構造は、未だ進化の過程にある古い時代の植物の特徴と考えられている。

ロウバイの花被 (2007年2月3日 所沢市)

■雄蕊の変化 - 雌性期と雄性期
 ロウバイの雄蕊を観察すると、その形が変化していく。花の咲きはじめは雄蕊ま立ち上がっておらず、しかも未だ花粉は出ていない。このため中央にある何本か束になった雌蕊に触れることは出来ないので、自家受粉は避けられる。このとき雌蕊は他の花の雄蕊から花粉をもらう。この時期の花を雌性期と呼ぶ。冬は花粉を仲介してくれる昆虫は少ないが、良く目立つ黄色の花と芳香に惹かれて寄ってくるのだろう。
 時間経つと、次第に雄蕊が立ち上がり受粉が済んだ雌蕊を囲い込み、雄蕊の先から花粉を出す。これが別の花の雌蕊に運ばれる。この時期の花を雄性期と呼ぶ。この仕掛に因って、自家受粉を回避して遺伝子的に強い子孫を残すのだろう。

雌性期の花 (2023年12月27日 所沢市)

雄性期の花 (2023年12月27日 所沢市)

■花後のロウバイ
 花が終わると花床が大きくなって、初夏には長卵形の偽果(子房以外に由来する果実)になる。夏を過ぎると偽果はミノムシのような形で木質化し、その中に痩果(一室に1個の種子)が5~20個入っている。この種子をまくと良く発芽して、実生から良く育つ。しかもロウバイは土壌をあまり選ばず、日陰でも良く育つので、庭木としては理想的だ。

成長中の偽果 (2021年6月2日 所沢市)

木質化した偽果 (2020年8月23日 所沢市)

■ロウバイの効用
 ロウバイは海外ではWintersweetと呼ばれ、甘くフルーティーな香りで香水に利用される。主成分はモノテルぺノール類のリナロール、ボルネオール(竜脳)、シネオール、カンファーなどの成分が含まれ、鎮静効果があり精神を落ち着かせてくれる。また、開花前の花を採取して乾燥させた後に抽出した蝋梅油は、薬用として火傷や解熱や咳止めに使われていた。
 その一方、有毒植物でもある。特にに種子には要注意。有毒成分カリカンチンは神経毒でヒトおよび動物に強直性痙攣などを起こすことが知られており、放牧中にロウバイの種子を採食した家畜の中毒事故が近年も発生している。

■野生化、及び人間との関係
 ロウバイを自然の野山でお目にかかったことはない。普通の外来植物は虫や鳥、場合によっては風が種子を運び、勢力範囲を拡げる。しかし、ロウバイの種子は目立った形や色でもないし、羽根が生えているわけでもない。それどころか、有毒成分カリカンチンを含んでいて、ヒトおよび動物に被害を与えることがある。その種子をあえて食べたり運搬してくれたりする野生の生きものはいないのだろう。結局、自然の中では、ロウバイは自らの勢力範囲を拡げることは難しい。人の手を借りなければ、現状維持のままだ。このことは不幸なことではない。人は早春に咲くロウバイの花を愛で、ロウバイは人による品種改良を受けながら進化する。そして厄介な野生化の問題を排除しながら共存している。ロウバイとは、生物的には昔気質の変わったヤツだが、分別のある紳士のようだ。

ロウバイと武甲山 (2004年3月19日 横瀬町芦ケ久保)